2017年06月15日

さくらんぼ 解禁

出始めは ダークレッドの 紅さやか

脚立に登る 妻のまぶしき





  

Posted by とーしろ at 16:52Comments(0)ひだまり

2016年10月29日

誕生日の薔薇

Che Vuole Questa Musica Stasera
(ケ ヴォーレ クエスタ ムーズィカ スタセーラ、邦題:ガラスの部屋)


妻の誕生日に薔薇の花束をあげたとです






歳の数だけ用意しましたが、使い道を知らない花屋の店員は

こともあろうに

1本 サービスで追加してくれていました。

あとでわかりました。

結果は皆様の想像を超えるので言えません

・・・・

不慣れなことはするものじゃない、いい教訓になったとです

とーしろオヤジです。
  

Posted by とーしろ at 07:12Comments(0)ひだまり

2016年05月09日

カネーション 

母の日  

お母さんの日



カネ、ネーション





どこで切ってんだよ!  (怒)  

Posted by とーしろ at 22:39Comments(0)ひだまり

2016年04月03日

大俵の桜

2年前に一度このBlogに載せた桜をまた見に行きました。

あいにくの花曇りで空がどんよりしてますが、樹齢150年といわれる
山桜がどんな花を咲かせているか。



おかあちゃんの参加するボランティア団体の代表に案内されて一度
見てから毎年気になります。



初めて見た時よりタイミングよく満開でした。


この日、近くの高校生が生演奏を披露しておりましたが、あいにく通り雨が。








小枝の皮のごつごつ感と自然な花の「清楚」





山桜は花と赤い葉っぱがあまり時間差がなく同時に出るのでソメイヨシノの
ような見た目の白さがありません。磨けば光る「百姓娘」みたいな。









桜と菜の花の競演を久しぶりの「マウスオーバー」でどうぞ

画像



ここには奥に行くと樹齢400年の椎木があります。





里山らしく足元には可憐な「すみれ」





さらに50mほど山の奥に下ると「姉妹桜」がありました。
こちらはスレンダーな背の高い美人ですが、山桜としては
より野性的で花数は少なく、花と葉っぱが一緒に咲きます。






この広い面積の里山を個人の有志の方々が整備しておられます。
公共の場所ではないのです。でも、多くの人に桜を見ていただきたいと
竹や生い茂る雑木を伐採整理し、道を整備し通路を確保、ベンチや
案内標識まで。

人がつまづかぬよう、通路に顔を出す根っこも丁寧にとっていました。


ここに酒盛りは似合わない。
足元のすみれを踏むんじゃない。
ただ眺めて静かに立ち去るのが良い。

  

Posted by とーしろ at 15:01Comments(0)ひだまり

2014年04月06日

大俵の一本桜

おかあちゃんが参加しているボランティア団体の代表から案内を受けて市原の里山にある一本桜を見てきました。



一本桜にたどり着く前に上手な鶯の完璧な「ホーー ホケキョッ」が聴こえてついうれしくなります。

山桜はソメイヨシノと違って花が咲くと同時に赤っぽい若葉が芽をふく。


この桜は里山の木々の間にひっそりと咲いていたのですが、2年前からこの桜の美しさに魅せられた方を中心に有志の方々協力して土地の所有者に了解を得て、山を切り開き周辺の木々と竹やぶを整備し、花を植え、ベンチを作り桜を楽しめるようにご尽力されたのだそうです。







場所は市原市の里山を登った少し奥まったところ。
『大俵』(おおひょう)というのは土地の所有者の屋号なのだそうです。




「一本桜」の幹。樹齢推定150年とのこと。



この桜を一般の方も楽しめるよう整備を始めたのが谷垣さんという京都出身の老舗呉服屋は東京銀座店に勤めておられた方で、現在は退職し今の名刺は「一本桜愛好家」という肩書きだそう。全国の「一本桜」を見て回り桜に魅せられた粋な方のようです。案内してくださった会の代表はその谷垣さんともご縁があるそうで。











さらに代表は所有者しか入れない場所に案内してくれた。





それはそれは見事な「椎の木」が地面近くまで枝を張って立っていた。
それはまるで木の神様が何百年も見守っているような静けさと大きさ。
樹齢何年になるだろうか、代表曰く、持ち主も「さてーっ?」とのこと。






夏、ここにハンモックを吊るしてビールを飲みながら本でも読んだら素敵だろうなぁ









どれくらい大きいか美女を隣に。


寄らば大樹の陰


時間があるなら専門家の東北大学の清和先生に見て欲しい木だ。
(先生にメールしたところ写真ではわからん、しかし桜も椎の木もとても立派な木だ。
時間があったら自分で見たい、とのことでした)






足元には山のすみれの可憐




振り向けば水仙の白い清楚





緑の間から木漏れ日が心地良い





テーブルと丸太の椅子など自然が楽しめるよう工夫されている。ここまで山を開き整備し、桜を見にきた一般の我々に甘酒を振る舞い、なんと親切な人たちだろう。人と人のつきあいが何かと世知辛いことになりがちな昨今、汗を流し持ち出しもして人様に喜んでもらおうという懐の深さはどこからくるのだろうか。確かに自分のお祖父さんや親父にはそういう面があったが、今の自分には到底まねのできないこと、己のことでキュウキュウしている。まだまだ修行ができていないようです。





空がどんより肌寒くなってきたのでおいとましたが、次々にやってくる人たちとすれ違った。今年はちょうど先週が満開の見ごろだったようだ。しかし、地面に無数に散った白き、風に舞い散る花びらも風情あり。

まだ、一般に開放して2シーズン目。これからもっとたくさんの人が訪れることでしょう。ただし、近隣にお住まいの方がたのことも察しつつ、有志の方の思いを汲んで静かに楽しみ跡を濁さず立ち去りましょう。

来年また見させていただきます、ありがとうございました。





  

Posted by とーしろ at 17:25Comments(0)ひだまり

2013年12月29日

佐原

千葉に佐原という町あり。成田の少し向こうで茨城県との県境、なおかつ利根川の流域で水郷の町、小江戸とも言われる歴史ある町並み。さらには日本地図を作り上げた伊能忠敬でも有名なところ。見所満載の場所です。

やまのかみおかあちゃんが参加しているボランティア団体の研修旅行に同行させていただきました。任意団体ではありますが公的に有益な活動をされていますので市のバスをドライバーさんも含めチャーターしています。そのあたりは会の代表さんはじめスタッフの手腕でしょう。

小雨降る肌寒い日でしたが明るく元気にバスは一路高速で香取市へ。バスの中で会のメンバーが香取市の歴史や見所をガイドしてくれました。実に良く調べてあります。




まず、由緒ある香取神宮へ参拝。



観光協会の案内から抜粋:
香取神宮は下総国一宮であり、日本全国に約400社ある香取神社の総本社です。  平安時代に成立した延喜式によると、江戸時代以前から「神宮」と称されていたのは伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけで、その創建は神武天皇十八年(紀元前643)と神代の時代まで遡る古い歴史のある神社です。


年末も近い、境内には茅の輪が用意されていました



実に美しい神社です。





黒に金が荘厳です


樹齢何百年かご神木の貫禄



先の昭和天皇と今上の天皇陛下の記念植樹がありました。






両陛下が植えられたのは昭和48年と平成4年ですので2本ともまだ若い木ですが20年の差があるわけです。木の育つスピードのゆっくりさに、大きな木になるまでの年数に想いを馳せれば先に載せた清和先生の本を思い出します。全国各地の巨木を短期間に切り倒して消費してしまった後悔がいまさらながら。

でもしかし、楽器は木で出来ている。紫檀、黒檀、スプルース、メイプル。板ばさみな私。



境内の入り口には1970年3月の日本赤軍のよど号ハイジャック事件のときに乗客の代わりに人質となった山村新治郎 運輸政務次官の銅像がありました。小学校のときの先生宅にお邪魔しているまさにそのときにリアルタイムで事件が放送されていた記憶がある。





佐原といえば北総の名刹、観福寺もありますが今回は行きません。最近、なぜか神様、仏様に引き寄せられるように興味が沸いてきました。
「青春の門」の続きを書かずに神社仏閣、仏様を見て回る五木寛之のことを思い出しました。




さて、佐原の町の中に足を向ければ、こちらはボランティアの観光ガイドさんが案内してくれます。






まんじゅう、だんご、もち





途中、ガイドさんのスピーカーから声が出たり出なかったりするのでマイクのジャックを直して上げました。ここらへんはオーディオおやじ。



昔、トヨで水を引いた名残のじゃあじゃあ橋、ちょうど水が流れています。

左の囲いが見えるのが工事中の伊能忠敬の家、橋の右側がばんどわごん。




テレビドラマを一度も見たことがない「ばんどわごん」



小江戸、佐原は大祭で有名だがとーしろオヤジは見たことがない。地区ごとに立派な山車を引き、それはそれは見事な祭りだというので是非見なければ。

記念館に保存してある山車


豪華絢爛な下回り、山車一台制作費2000諭吉は下らないと言うから40坪の家一軒建つ。と言ってしまえばちょっと平べったいか。



見事な細工。家一軒よりはるかに高そうな気がする


 瓊々杵尊 ( ににぎのみこと)  西関戸地区




金時山姥  寺宿地区

ガイドさんの説明によると山姥は金太郎のお母さんなんだって。

金太郎は熊と遊んでるって、ガイドさんは力説するのですが、、、鉞(マサカリ)を振り上げて「遊んでる」と言われても冷や汗がでるんですけど・・・

一見、恐ろしげな姿の巨大人形ですがどことなくかわいらしさもあり憎めない雰囲気を醸しています。







素盞鳴尊 ( すさのをのみこと ) 下川岸



お囃子に使う楽器の数々





ぎょっ!




佐原と言えば日本地図を作成した伊能忠敬だが彼の家は改装工事中で見られず、伊能忠敬記念館は見ることが出来たが写真はご法度なのでここに載せる材料が何もない。見聞きした概要だけ書くと、、、

伊能忠敬は婿養子に入った家で伊能家の商売を建て直し盛り立て地元で有力な家柄にまでなり、飢饉の時には困窮を極めている人から先に救済しそのような活動を認められて苗字帯刀を許され地元の有力者になります。50歳で周囲に惜しまれつつ息子に家督を譲り自分は天文学などやり直すために倅くらいの歳の役人の弟子になる。そこで彼の人生のテーマのひとつに「子午線一度の距離測定」というものがあり、機材を持って測量に行く。たぶん基本的三角関数の繰り返しと天文観測の記録から地球と月の自転公転と複合的に理解し最終的に子午線一度が27里という精度まで追い込む。




私自身は記念館の展示物写真を撮っておりませんので、一枚だけネットで開いた「伊能図」の写しを載せておきます




伊能忠敬の作った地図は幕府に納められた。でも、デジタル保存などない時代、火災、戦争、幾たびの争いで全て焼けてしまった。
が、記録の模写のさらに写しなどは多少残っていて、彼の業績のかなり多くの部分は再現できているらしい。海岸沿いの全国のあまねく全ての村が書いてある地図は、世界中のどこにも無いだろう。正確な距離も含めて。   あんぐりしたまま今日の記事はここいらで〆ておきましょう。


帰りのバスは恒例のビンゴゲームなどで楽しみながら家路につきました。

会員でもない私を同行させていただいたボランティア団体の皆様、代表、ありがとうございました。




埼玉の川越もそうですが千葉の佐原も一回行っただけでは何もわかりません。和服姿でしゃなりしゃなりしながら、また訪ねてみないことには良さがわからないのだろうと思い、今までの人生を反省しつついろんな場所へ行きたいと思うこの頃。



  

Posted by とーしろ at 08:30Comments(2)ひだまり