2016年03月05日

第23回 蝋燭能 第二部

2月27日 能と狂言を楽しんだ後は黒川能の役者、スタッフとの交流会です。

王祇会館の大広間にずらり並んだお膳



おしながきが各お膳に置いてありました

上のカラーはネットからデータを落として彩色したもの

オリジナルはこれ




今回は乾杯の音頭という大役のご指名をいただきました








そして席はなんと春日神社総代の難波玉記さんの隣です。
この拙いblogで紹介した短歌集「春告げ笛」を書かれたのは奥様。
(写真は大石芳野さんの「黒川能の里」より家庭用プリンターでスキャン)




シベリア抑留から帰還し神社の笛を長年担当されていたのは玉記さんの父親(故人)
このころは神社の笛と能の笛の役割は別だったとのこと。



ネットで黒川の興味深いことをたくさん知るきっかけになったのは玉記さんの
娘さんのblogでした。櫛引町の町長もされた方。それも市町村合併までなので
「櫛引町最後の」という形容詞が付くことになった。







さらに今回上座の能大夫、斉藤賢一さんとも言葉をかわすことができた。
「あっくん」のblogで読ませてもらったが、大地踏みをする幼い子供にどのように
稽古をつけるのか、本番にはものの見事に大役をこなす子供もりっぱだが、限られた
日数でそこまで導く大夫の指導力がすごい。



王祇会館の庭には今年も「雪灯篭」が美しく幻想的な灯りを揺らめかせていた。







黒川の皆様、実行委員の皆様、大変お世話になりました。
  

Posted by とーしろ at 17:59Comments(0)黒川能

2016年03月01日

第23回 蝋燭能 第一部

黒川能 2月のイベント 「蝋燭能」 第一部 観能

本家、本物の、2月1日の王祇祭を見るのが夢です、が、やたらと踏み入れるわけにもいかずと、思っていて、少し気楽に蝋燭能と5月3日の例大祭を見る機会が多いです。





(冒頭の写真は見事な構えの上座の「獅子」から)





550年、いや、春日神社の屋根の装飾品の「蟇股」(かえるまた)の様式から、専門家の目では春日神社は1200年前の創建では・・という説もあるそうです。建築物として丈夫で格式が高い純和風建築、断熱材はおろか隙間風の寒さはさすがに月山のふもと。男でもケツと腰が冷える。

なんてひ弱なことを言ってると、神様から言われそうです。
「さんびなやだぐで、もんくばっかしこぐなだば、見ねたていぃぇ!」

いつもは和服にだっぷら(段袋)で来るのですが今年は鼻水たらして洋服です。
ダウンジャケットより和服の方が暖かいことを認識しました。

さて、

春日四所明神の神事のあと、蝋燭の火入れ式が行われる。



最初の写真はは赤く写っていますが、私のカメラ(OM-D、EM-5)では色温度を最終的に2250にしてます。



下座の「小袖曽我」

父親の仇を討つ絶好のチャンスと了解を求める兄弟の決意、
母親から勘当を言い渡された弟。許しを乞う兄貴。
最終的に勘当を解く母親。武家のしきたりの中の親子の愛。
(うーーん、ちゃんと理解出来てない。すまん)












狂言「禰宜山伏」

神様に仕える「禰宜」と、横柄な山伏と、それを諫める茶屋の主人の面白い掛け合い。実は子供が演じる「大黒様」がとてもかわいくて、大人たちを食ってしまった。凛とした立ち姿はこれから楽しみな役者に成長することだろう。














黒川の狂言はなかなか人気があるといわれる。プロの狂言師はキレのある動きと言葉のメリハリが美しいが、少し体温が低い感じがする。黒川のそれは、プロのそれとは違う場所にいる。とぼけた面白さの中のふくよか。ゆったりしていて温かい。



上座の「獅子」

文殊菩薩が乗っているはずの獅子がいない!
探そうと思ったら天竺にいるらしい。
行ってみれば、ボタンの花が咲き乱れる野で
うれしそうに戯れ遊んでいたという、めでたいお話。














獅子の戯れる舞のダイナミック、グルリ回転する時のキレの良い動きが美しい。

この頃になると炎が暴れる蝋燭もあり、顔はすすでうすら・・案外汚れていなかった。


神様に礼を尽くす 








さて、黒川に向けて、とーしろオヤジの希望と未来は次の「交流会編」へ。







  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)黒川能

2015年07月06日

黒川能 平成27年 例大祭 下座





2月末の蝋燭能、夜の部でベテランの役者が目をキラキラ輝かせてこう言った。
「5月の例大祭で鐘巻のシテをやらしてもらえることになった。どこまでできるかわからぬが楽しみだ」





『鐘巻』  安珍・清姫伝説を題材にした番組で、基本的に「道成寺」と同じもの。謡の一部に違いがあるらしい。

時は醍醐天皇の御代、美しい僧侶”安珍”に恋焦がれた”真砂の庄司清次の娘(清姫)”が安珍に夜這いをかけるが、修行の身である安珍は応じるわけにもいかず帰りに必ず立ち寄るからと約束をする。しかし、寄ることなくさっさと帰ってしまう。裏切られたと悟った清姫は蛇身となって追いかける。紀州道成寺の鐘に隠してもらった安珍だが、清姫は鐘に巻きつき火を吐いて鐘ごと安珍を焼き殺してしまう。

惚れた女の怨念はかくも強し。
「安珍はどこにおんねん」

今も昔も女は「イケメン」にいちころらしい。この世から「イケメン」などという輩はいなくなれば世の中平和というもの。悲しく悔しい物語だ。そういうわけでこの「鐘巻」「道成寺」は永遠の人気番組だ。しかし、高度な技を必要とする難曲でもあるとのこと。

「鐘巻道成寺」という呼び方もある。黒川では上座が「道成寺」、下座が「鐘巻」を演ずる。


今年の「五月の旅」はこうして5月3日の鶴岡を最終として4日には千葉に戻るよう計画したのでした。

前置きがとても長くなってしまいました。












釣鐘が失われてから久しく時が経ち、ようやく再興され供養の日



(2009年2月1日に不覚にも寝てしまい、鼾がうるさいと被せられた「鐘」  か?)



能力が鐘を吊り上げると



一人の白拍子がやってくる



「女人禁制」と説いても帰ろうとせず舞いを見せるという条件で参拝を許される





ここから一気に緊張の舞い 〔乱拍子〕 へと移る




はずかしながら・・・
「乱拍子」と聞いて、昔、蛸井孫右衛門という小鼓の天才少年が東京で五流から誘いを受けるほどの腕を披露したと聞いてますます、「乱拍子」とは激しく速いテンポの難しい技だと想像していた。

ここで小鼓を打つのはその蛸井孫右衛門家の正志さん。

実はまったく想像と違い  深く 静かな 「静」 の妙技だった。

「乱拍子」とは小鼓の気合と間合い 対 シテの脚技の静かな舞い

上半身は微動だにせず、ひたすら水平にゆっくり移動する。

脚だけが進み、捻り、上げ下げ、平らにつく・・・・・
(下座はつま先を離さない、という決まりへの例外など具体的なことは後々、教えてもらおうと思う)




これはよほど心身を鍛えないと出来ない舞いと思えます。静止するバランス感覚、持続する体力。小鼓の鼓動とシンクロし研ぎ澄まされた五感。同時に小鼓にも同じ一音すら失敗の許されない緊張感と気合いが求められます。観ている方にも伝わってくる掛け合いの妙。




どなたかのBlogで見つけた写真です。足技がよくわかります。
まさに下座の「乱拍子」なのでご容赦願いたし。
(隣に写っている太鼓は親戚のアニキ)




さて、ここから急展開








シテのジャンプと鐘の下ろすタイミングの絶妙



白拍子は鐘の中に


急を聞いた僧侶はもしや清姫の蛇身では と・・・・ 災いの無いように祈ります




しかし、現れたのはその「蛇」でした


















清姫の苦悩が



僧侶の祈りの強さも強力です



想いが成就できなかった女の情念がめらめら燃えて













最後は僧侶の祈り勝ち

清姫の怨念は鎮められました。

素晴らしい舞いを見せていただきました。




この番組は見どころ満載、迫力満点で大人気です。
黒川能は全国へ、ときには海外にも出張します。

上座は平成25年10月19日、京都 金剛能楽堂で斉藤賢一太夫が「道成寺」を舞っているし、




下座は2013年10月31日、紀州の本物の道成寺(雨天で体育館に移動)で「鐘巻」を上野由部太夫が舞った。







『乱拍子』という言葉は他にも使うかと調べると、「道成寺」で使われる小鼓と合わせて演じられる特殊な舞い、とあり他には使わない言葉だった。


今度は黒川の「土蜘蛛」も観てみたいものよ、のう。

長い記事のご静聴、ありがとうございました。











  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)黒川能

2015年06月29日

黒川能 平成27年 例大祭 上座

式三番の次に上座の番組 『金札』

能は元々、人々の怨念や願い、祈り、などの想いが迷い、戸惑いゆえに漂っている状態を落ち着かせるために、神様、幽霊、鬼を登場させて解決を図る、、みたいなところを現しているように思います。すみません、とーしろの個人的言葉でいうとそんな感じです。

さらに「めでたい話」もあり「恐ろしい話」もあり、全くの創作もあれば史実に基づいた実在の人物も登場するし(源の義経なんかいい例)、実在の神社の成り立ちを語る番組もあるようです。

今年の例大祭の上座の演能はまさにその「実在の神社」のお話です。




桓武天皇の平安遷都の際、伏見の里に社殿造営のため、勅使が下向、神のお告を持っていますと、天から金の御札が降ってきました。それに天太玉命がこの国を護るため、この地に住むと書かれています。





観阿弥 作 とのことですが、京都 伏見にある「金札宮」の由緒そのものでもあるようです。天太玉命(あめのふとだまのみこと)を祀ってあります。ここにも天照大神(あまてらすおおみかみ)、さらに倉稲魂命(うがのみたまのみこと) (えーと稲の字がつくように食物の神様)も一緒にこの神社の祭神だそうです。

実際の神社のお祭りには芸子さんも登場しなにやら柔らかく楽しそうな雰囲気です。「金札宮」でぐぐって見てください。







能になるとこんなりっぱな姿になります。








弓を射て武徳を表し、日本国を寿いで神威を示し、君を守り国を治める印の金札を宮に納めて再び姿を消します。

天下泰平、五穀豊育・火難除去・家運隆昌 

立ち姿に強さと美しさがあります。鍛錬しないとこうはなりません。
とてもめでたい気分になる落ち着きと安心感のある舞でした。





続きまして上座の狂言 『しびり』

人気のあるひょうきんでとぼけたお話








用事を言いつけられた太郎冠者 おもいきり 「しびり中」 痛くて動けない

主人:せっかく振る舞いに太郎冠者を一緒にと言われたが痛くて動けないならしょうがないなあ。

太郎冠者:私のしびりは優しく言い聞かせると治ります。 ああ、治りました。

主人:それなら先に行って用事をすましてくれるか・・

太郎冠者:ああっ、また痛みがーー

主人:こらぁーーっ!



  

Posted by とーしろ at 11:07Comments(2)黒川能

2015年06月21日

黒川能 平成27年 例大祭 式三番

シロートが乱暴に言えば、商業としての「能」は祭りの胎から離れ、舞いの形、美しい響きを求め、スポンサーである武士、殿様に喜んでもらえる形で進歩してきた。

一方、黒川能は、能の原型である能猿楽の時より依然として、民衆の祭りの胎と臍の緒が繋がり、数百年経とうがなにひとつ変化することなく連綿と当初の目的を維持している。
 
変わったといえば、伝統を守り続ける民衆の生活様式と電子機器をはじめとする絵や音や情報の伝達装置の速さくらいか。

いやもうひとつ、昔はどぶろくを自作したのに、酒税法で縛られる現代は清酒を買わなくてはならないことも大きく変わってしまった。




平成27年の例大祭

厳かな神事の後に、式三番



面箱を持つ千歳、続く翁。彼らの登場で、時の流れが平常とは違う鼓動に変わる。



商業の能は各番組においては高度な技量で見る者を魅了することだろう。
しかしながら、こと「式三番」においては話は別だ。

商業能の式三番は元々民衆のために舞うわけではないので祈るもの、願うものが希薄にならざるを得ない。たぶん。
あるとしても一般論としての平和だし、動きの美しさだけが昇華し残ったもののように見える。ネットで見たプロの狂言師の三番叟はキレのある動きと躍動感は素晴らしいが、所作の元になったものがぼやけてしまい (本来あったはずの種蒔きとか烏飛びとか) かっこいい方に崩れているのではないかと思う。動きの奥にあるはずの想い、願い、祈りのようなものが見えない。





ここには目一杯の想いが込められている。



千歳は「文殊菩薩」



半歩で「スッ」と止まるハコビ、ぶれることなくクルリと回転する芯。





王祇に面を載せ、後見が結ぶ

太夫同志、声に出さずとも通ずる「阿吽」



翁は「観音菩薩」




時間を止めてみせるがごとき 「白式尉」の「静」






三番叟 「籾の段」の躍動





黒式尉の三番叟は「弥勒菩薩」の「鈴の段」









本来の目的を持つ黒川の式三番は「農耕儀礼」と言おうが言うまいが、舞い手が「神」となり「菩薩」となり、五穀豊穣、世の繁栄を願う。そこにはプロフェッショナルもアマチュアも無く、ただ、真摯な態度と「神への礼」があるのみだ。






黒川能の式三番、美しい所作。  

Posted by とーしろ at 13:00Comments(0)黒川能

2015年05月10日

黒川能 平成27年 例大祭 『序』

『 能とシャッター音 』

ゴールデンウィークの最後に庄内に来た理由は2月末の蝋燭能の記事に書いてある。
どうしても見なければいけない番組があったからだし、それを演じる(舞う)役者との約束
でもあった。












今回は改めて考えさせられることがあった。

黒川能の演能機会は大きく3つに分けられる。
1、春日神社例祭奉仕 「神事」 (王祇祭、祈年祭、例大祭、新嘗祭)
2、奉納 (羽黒山花祭り、庄内神社例大祭)
3、イベント (蝋燭能、水焔の能、他)


総合芸能である「能」は「舞い」、「謡い」(歌でもあり台詞でもある)、「囃子」(楽器でもあるが舞いと一体となる「間」や「気合、掛け合い」も含まれる)の全部を楽しむものなので、環境としては「静寂」が重要だろうと思う。役者と観客の双方にとって。
音楽ライブやコンサートは写真禁止がほとんどだ、多くの場合、著作権だと思うが、JAZZやクラシックで一眼レフの音を出したら放り出されるに決まっている。

しかし、一方で神社での演能は撮影料を納め写真撮影を許可していただいている現実もある。

ここで写真を撮る行為との問題が生じる。
静寂の中に一眼レフカメラのシャッター音は無粋であり、演能する役者、囃子方からすれば気をそがれる邪魔なものだろう。少なくとも上に書いた1番、春日神社の神事の場合は神に供える奉仕の気持ちで演じている時だ。舞台の最前列で『パシャッパシャッ』されたら嫌なものだろうと思う。自分も含め、反省すべきと思った。


一眼レフカメラは構造上、ミラーアップとフォーカルプレーンシャッターが機械的に動くので音が出る。メーカーやモデルに依らず、音は絶対消せない。ミラーレスカメラはミラーが無い分、大きさが小さい分、音は小さいがフォーカルプレーンシャッターの走る「コトリ」という音は出る。

音が消せる、あるいは出ないカメラはいわゆるコンパクトデジカメという分類の、比較的取り扱いの簡単なカメラに限られる。それらには機械的シャッターは無く、電子シャッターが付いている。しかしながら、それらのコンパクトカメラでは黒川能のような、写真にとって過酷な環境ではうまく撮れないケースが多い。光量が少ない、被写体は大きく動く、蝋燭の明かりは色温度が極端に低いなどなど。幸い、今回は比較的レンズが明るく暗さに強い、音の出ないPANASONIC LX3 を持っていた。 例大祭はまだ光量があるので「パナLX3」でも撮れるが、レンズ交換できないので限界がある。イベントの蝋燭能では色温度がそこまで合わせられない。


演ずる方からみてシャッター音が良くないとなれば、写真撮影を禁止するか、音の出ないカメラに限り認めるようにするなどルールを変える方が良いのではないかと思われる。重要なのは、演ずる人たちが気持ち良く舞台を務められることだ。


そうすると、1番、春日神社の神事において写真撮影料(前は2000円だったが今度3000円になった)との兼ね合いをどうするか、今までよりより具体的な制限事項を盛り込むなど再考する必要も出て来るかもしれない。


別な一面を考えれば、良い写真が世に出て黒川能の魅力を多くの人に知ってもらう一助になる場合もあるだろう。そういう積み重ねが保存会の運営のためにプラスになる面は少なからずあるとは思う。また、保存会から依頼したプロは音が出ても良くて、一般のカメラは音を発ててはいけないというようなことは不公平感が漂い難しい気がする。


自分もカメラを持ち込み撮りたい方だが、観る方も静かに謡から囃子の音を楽しみたい人の方が多いのだ。特に連写の音などはそういう人にとって邪魔モノ以外の何ものでもないだろう、とは思っていた。だから自分は音の小さいミラーレスカメラに替えたのだが、そういう程度問題ではなく、「音が出たら気が散る」という繊細な部分には気を使うべきだろうとは思う。もし、新たなルールが決まれば黙って守ろうと思う。








素晴らしいシーンは自分の眼に焼き付ければ良い。人に伝えたければその記憶を言葉で伝えれば良い。伝えられた人はまた、自分の眼で見れば良い。




  

Posted by とーしろ at 15:00Comments(2)黒川能

2015年04月05日

黒川能 第22回 蝋燭能 交流会



(漆塗りの器の内外の色を間違えていたようです、漆を塗り直しました。さらにかぶの漬物の色を間違えておりましたので漬け直しました)



諸般の事情により、一ヶ月前に書いておかねばならなかった記事を今、書いております。時間を遡ってご覧いただきますと1年のうちの一ヶ月、得したような気分になりますのでよろしくお願い申し上げます。 しかしながら、散りかけた花びらと、しわの出来た肌は元に戻りませんのでその辺は誤解なきよう読み進みください。


上のイラストは 蝋燭能 第2部 交流会 で各自の席に配られたおしながきのイラストです。とーしろオヤジが勝手にPCで彩色しました。





凍み豆腐と牛蒡は暖かいのを運んでいただくので最初は載ってないのです。おにぎりは宴の途中で配られます。

130人も参加する第2部の交流会ですが、席には第一部の席と同じ自分の番号が貼られており、どこに座ろうか迷わずに済むようになっております。それどころか、実行委員の心配りの真骨頂は、その席の並び方が、いくらかでも話の繋がりができるようにとても丁寧に考えられていることです。

とーしろオヤジの隣は偶然ではなく、黒川の家の当屋の時に獅子奮迅の活躍を見せた裏方「所帯持ち」を務められたま○おさんと親戚,でした。

何年も連続で参加する常連、上座に近い人、下座になじみのある人、誰かの声掛けで繋がる人、実に見事に配置されていて、遠い他所から尋ねてきた人も出来る限り話題に入れるよう、話が繋がるよう130人全ての参加者に配慮してあること。それもいつの間にか誰かの意思でそうしてある。

酒は地酒のぬる燗が木の樽の香りと相まって実にうまい。直径の大きな漆塗りの杯で一気に血流を暖める。

ご馳走は庄内育ちの自分にはうれしなつかしものばかり。凍み豆腐はもっと山椒を掛けてもらえば良かったか。以前、どぜおさんに送ってもらったり、かおるさんに本物の黒川の山椒をもらってから、だっつりかけたのが好きになった。牛蒡もうまい。

棒鱈の煮たやつはたまらん。味付けの絶妙。骨までそくそくと食べれる伝統の味は「からげ」(標準語でカラカイというか)と共に乾燥したものをもどして食べる食材の最高の一品。

柿なますもうまい。ぜんまいなんか毎日でも食いたい。
豊かな庄内の味が黒川の女性の確かな料理の腕で、何百年も千年も続き守られている。

能役者や囃子方の方々と話をしていると、どこかで見た女人が歩いてるのが見えました。すぐさま飛び出して声を掛ければ黒川に興味を持ってるとは聞いた事の無い同級生の「Y美」でした。

「どーしてY美がここに?」
「会社のお客を連れてきたのよ。 とーしろオヤジはなんでだっぷら姿でここに?」
「おらぁ、10年前から非公式の黒川能ファンだ。一緒に飲むか」
「別な日にね。じゃあね」


そういえば、今年はこんな準備もされていた。



大変な数の雪灯篭です。壁にはひとつひとつの切込みに蝋燭が仕込まれ、柱のように立つものも1本ずつ丁寧に造作されています。灯が燈ったらどんなに綺麗だろうか。明るいうちに撮った写真なので伝わらない。暗くなってからの素敵な画像ははここに実行委員会の秋山さんの写真がある。
とーしろオヤジは交流会の間、荷物を部屋の隅に置いたことと、案外酒が早く体を駆け巡ったのでカメラ持って外に出るという行動に至りませんでした。

そうそう、あっくんのご子息も「大地踏み」を立派に務められたとのことでおめでとうございます。 NHKの「三代友達」で笛の練習をするお父さんにしがみついていたあの双子の男の子ですよ。時間が経つのは早い。



2011年4月の放送からキャプチャった写真です。




交流会が終わる頃、超多忙なはずの親戚の奥様が迎えに来てくれた。彼女は黒川の家庭の主婦もこなしつつ金属加工の会社の社長でもあるので人一倍忙しいのです。それでも、毎年、蝋燭能で来てくれるお客さんと、お伊勢参りで仲良くなった人とか多くのお客さんを迎え入れるのでした。それも忙しいさなか大鍋で酒の肴を作り大量の飲み物まで準備して。頭の下がる想いです。




役者の人たちも交えてまた大盛り上がりです。



(写真はわざとぼかしております)





写し返しの技




山形から来られた母娘の中学生の女の子が実に熱心に黒川のこと、能のことを聞いていました。この人もまた素敵なレディになって黒川に通ってくることを祈ろう。




ベテランの役者、清和勉さんがとてもうれしそうに語ります。
「今度の例大祭で『鐘巻』のシテをやることになった。うまく出来るかわからないがとても楽しみだ。是非、見てくれ!」
それはそれは目をキラキラしながら語るのです。
ここに黒川能の強み、原動力の一端を見たような気がしました。これほどの経験者でさえ己にとって新たな舞を披露することに、胸躍らせて取り組むことができるとは・・・なんと幸せな男たちだろうと思う。


実に有意義な楽しい一日を過ごさせていただきました。
黒川蝋燭能実行委員会の皆様、能役者地謡、狂言方、囃子方の皆皆様、美味しい料理を準備いただいたお母さん方、黒川におじゃまする度にいつもお世話になっている王祇会館の皆様、かおるさん、黒川の全ての方々に感謝です。また、近々、おじゃまさせてください。





2008年、清和庄右エ門の当屋での『鐘巻』はものすごく楽しみにシテ、それを見に来たといっても過言ではなかったのですが、九州から飛行機を乗り継いで庄内にたどり着き、1月31日の晩からお客の接待など知らないなりにお手伝いをしたとーしろオヤジは、2月1日の本番ではとうとう疲れ果てて、夜は能がたけなわの頃に鼾をかいて寝てしまい、うるさいので鐘巻の鐘を被せられていたのでした。役者よりも早く鐘の中にいたのです。おかしいやら恥ずかしいやら。


  

Posted by とーしろ at 16:16Comments(4)黒川能

2015年04月04日

黒川能 第22回 蝋燭能 本編Ⅱ





下座 『龍田』




まずは神への礼

何時、拝見しても美しい




六十余州を巡る僧の一行が大和の龍田を越え、龍田明神参詣のため河内国へ急ぐ途中、龍田川に到着します。




(蝋燭の火入れをされていた役者さん)


川を渡ろうとすると「およしなさい」と止める人がいる



巫女 : 「龍田川紅葉乱れて流るめり渡らば錦中や絶えなん」

僧 : 「今は氷が張っているではありませんか」

巫女 : 「龍田川紅葉を閉づる薄氷、渡らばそれも絶えなん」



巫女 : 「道をご案内いたしましょう」




そこで冬になろうとしている時期に 「紅葉している御垣の紅葉がご神木なのです」 と言いさらに



 
「何を隠そう、私が龍田姫のご神霊なのです」と言い残して社殿に消えた





ここでアイ狂言登場







そのよる、僧が通夜を行っておりますと、龍田姫の神霊が現れて、明神の縁起を語り、あたりの風景を賞美した後、神楽を舞って昇天します。




今回の上座、下座の曲は地謡がリズミカルに上下に複雑にうねるような響きが心地よく。






舞台になった竜田川は実在の川で、奈良の龍田神社も立派な由緒ある神社。   

嵐吹く三室の山のもみじ葉は 竜田の川の錦なりけり  能因法師
   千早ふる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くぐるとは 有原業平

この龍田神社は能猿楽集団の「板戸座」の発祥の地でもあり、板戸座とはのちの 能シテ 「金剛流」のことだそうで、ここに「金剛流発祥の地」という石碑が建っているのだと。 

私のごとき知識の浅い者には、夢うつつの境目がぼんやりしてくるようなお話です。ある程度以上の規模を持つりっぱな神社には能楽堂が備わり、仏教の世界観を写し出した「能猿楽」が演じられ舞われ、神様の世界と仏様の世界が表裏一体となっていた時代の感覚はどのようなものだったろうか。明治政府により引き離された後の時代に生きる者には想像すらむつかしい。

黒川の春日神社に残る舞台正面中央の「法光院柱」は、えらいお坊さんの寄りかかるための柱だったそうな。ひょっとすると、昔のお坊さんは神職も兼ねていて、「袈裟衣」を裏返すと「神職の衣装」に早変わりなんちゃって・・・次の交流会へGO!  

Posted by とーしろ at 14:14Comments(0)黒川能

2015年03月31日

黒川能 第22回 蝋燭能 本編

「序」を書いてからずいぶん時間が経ってしまいました。
2回目の中国出張からは21日に帰ったのですが、その後も国内出張やら仕事のスケジュールてんこ盛りで、夜中のパソコンタイムはまったく出来ない日々が続きました。仕事で必要とされるだけ、まだいくばくか世のお役に立てているならうれしくも有難いことなのですが。

あまり長く書けないでいると時系列を遡ることが難しくなってくる。記憶が繋がるうちに書きましょう。もたもたしてるうちに、3月23日の「祈年祭」を通り越してしまった。







:次第:
1、蝋燭能実行委員長 遠藤洋一氏 挨拶
2、神事
3、火入れの儀
4、能 「大蛇(おろち)」 上座
5、狂言 「附子(ぶす)」 上座
6、能 「龍田(たつた)」 下座



『大蛇(おろち』



出雲の国に立ち寄ったスサノオノミコト





老夫婦、「あしなづち」と「てなづち」は娘の櫛稲田姫を大蛇の生贄に差し出さなければならず嘆き悲しんでいた。



(笛のあっくん)



(赤みを残すためにカメラの「色温度」を2700にしましたがもっと下げた方が良かったみたいです)



姫を救うべくスサノオノミコトは策を練る





「アイ」登場



スサノオノミコトが戦闘モードに入ります





恐い恐い「大蛇」 登場



おろちに酒を飲ませて



戦います



見事、大蛇をうちまかし尾から村雲の剣を取り出します。姫を救いめでたし。

上下にうねる地謡が心地よく響く番組です。






ここらで写真のお話を少し。
蝋燭の明かりだけで行われる能は写真を撮る行為にとってはとても過酷な条件です。
・暗い(ISO感度、シャッタースピードとざらつきのせめぎ合い)
・蝋燭の色温度が極端に低い(赤みをどこまで残すか)2000くらいか。
・三脚は使えないためぶれる(ISO感度とのせめぎあい)
(あぐらをかく自分の体の範囲で使えるミニ三脚を持っていましたが、角度とれず使えませんでした)
・暗くてカメラの固定が効かないためピントが合わせにくい
・柱があり角度がとれない
(片手でカメラ持ち腕をのばしてレリーズでシャッターを切りましたがプルプルしてぶれぶれ写真しか撮れなかった)
・伸び上がったり、立ち上がったりすると後ろの人の迷惑なので、そこは我慢するしかない。来年こそは前の席を確保するしかありません。

一方、以下のように黒川能の写真に対する規制もありますが、役者や他のお客への配慮も重要です。
●普段の神事の能は写真禁止、撮る人は別途申し入れと撮影料が必要。蝋燭能は写真自由ですがルールは厳守です。
●常にフラッシュは厳禁です。面を付ける役者には危険。AF補助光も禁止。
(昔、例大祭でコンデジのフラッシュを一度だけ発光したことがあり、申し訳ありませんでした。冷や汗)
●携帯、スマホでの写真禁止
●連写の大きな音は他の人に迷惑が及ぶ、謡が聞こえない



休憩を挟み 


狂言 「附子(ぶす)」

子供の頃に見た、子坊主の「一休さん」のとんちでおなじみのお話です。
黒川の狂言はプロのそれとは違う独特の雰囲気があり面白い。根強いファンが大勢おられると。



出掛ける主人が太郎冠者と次郎冠者に念を押す
「これにあるは猛毒なのでくれぐれも取り扱い注意じゃ」



「かしこまってござーる」




甘くて美味しいモノと知ってる太郎冠者と次郎冠者は全部なめてしまう




さて、主人になんて言い訳しよう。
大事にしてる掛け軸と天目茶碗を割ってしまう。



主人戻る



「留守の間、眠ってはならじと二人で相撲をとったら、大事な掛け軸と茶碗を壊してしまいました。死んでお詫びしようと猛毒を口にしましたがまだ死ねません。」

「あいやや、憎し憎し」





満席で狭い板の間での観能ながら、廻りのお客さんも楽しんでいる様子の言葉が漏れ聞こえてきます。

本日、これまで。


  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)黒川能

2015年03月03日

黒川能 第22回 蝋燭能 序

卒業や就職、入学など、若者たちが人生の節目を迎える時期にはまだ少し早い三月一日。東京と庄内を行き来する人の流れはとても少なく、鶴岡駅の特急「いなほ」のホームに並ぶ人はまばらだった。そんな中、年配の女性の集団が庄内弁ではない言葉で談笑する姿が華やいでいる。昨日、黒川の「蝋燭能」を鑑賞し、興奮冷めやらぬ様子の人たちだ。そのご婦人方のお顔と御召し物は王城会館と春日神社で見た方々だった。






二月一日と二日、神に奉仕する厳か、尋常事の熱気溢れる伝統の年中行事である王城祭は神様と地元の氏子のための重要な神事。それとは別に、他所から来る黒川能愛好者に、より気軽な雰囲気で能を楽しんでもらいたいと立ちあげたイベントとしての「蝋燭能」も2015年で22回を迎えた。以前、来たのは2009年。大きな「上」「下」の蝋燭が作られた年だ。




(2009年、作られたばかりの巨大蝋燭)


若者たちが立ち上げた「蝋燭能」も最初は手探りでご苦労も多かったことだろう。しかし、実行委員の人たちは、いかにスムースに事が運べるか、不都合な点はないか、客にどうしたら喜んでもらえるか、毎年毎年工夫と改善を重ねてきたに違いない。時折、風も感じる冷たい神社の板の間で、ぎゅうぎゅう詰めの狭さの中での観能は快適とは言えないながらも周りの人たちは皆満足気に感想を語る。






毎年参加する常連は、いつかの演能との違いや役者の成長進歩に目を細め、初めて参加する人は古式ゆかしき装束の付け方や囃子と謡の響きに目と耳を見開き、皆それぞれに楽しんでいる。
第一部で能と狂言を楽しんだ後、人数に限りはあるが、第二部の交流会で、豆腐を初めとする伝統料理に舌鼓を打ち、樽に入ったちょうどぬる燗の地酒に酔い、実行委員や役者との話題も滑らかに大いに盛り上がるのだった。


to be continued
  

Posted by とーしろ at 11:59Comments(0)黒川能

2014年04月19日

黒川能面装束図譜




素晴らしい本が届きました。

実家から「笹巻と酒粕と黒川能の写真集を送る」と言われて楽しみにしておりますと荷物が二つ届きまして、一つは実家から、もう一つは黒川能保存会から。





能は一般的に(相撲も) 男がやるもんだ。 どっこい、櫛引町は小学生女子も能を舞う。

凛とした姿に、緊張と充実。7月の「水焔の能」。緊張の面持ちで大人と同じ舞台に立つ。

言葉では教えない人生の一番の「重要」 こういう所作を身につけた子供は逞しい。




太夫は優しさの中に厳しい目でみつめる。








神  『翁』





「赤鶴」作と言われる『真蛇』



黒川能に興味を持ったそのものが特別寄稿にあった










ありがとうございます。

なにより立派な本の完成、おめでとうございます。
  

Posted by とーしろ at 22:53Comments(0)黒川能

2014年04月03日

『1936年の音源』

今朝の読売新聞より

「黒川能」 最古の音源
    というタイトル




SPレコードに録音された 狂言 「靱猿」 (うつぼざる) の音源が早稲田大学演劇博物館で見つかったのだそう。おそらくラジオ番組用の録音ではないかと。


狂言はおもしろおかしい話にオチがあるのだが、この「うつぼざる」の物語はかわいらしさが加わりぐッとくる。


大名と猿引きが出会う。大名は自分の弓矢の入れ物『靫』(うつぼ)に猿の皮を使うことを思いつき猿の皮を所望され猿をよこせという。猿回しが泣く泣く斧を振り上げて猿を殺そうとするのだが、猿は芸をする合図と思い斧を猿引きから取って船を漕ぐしぐさで芸をする。たいそう喜んだ大名から許されるという。



下座太夫の上野由部さんは「村田さんは(謡ったのは村田さんらしい)すでに亡くなった。1936年の録音と今の謡と何も変るところは無く黒川能が神事能として伝えられてきた証拠」とクールに答えている。



1936年とは2.26事件があった年。なにやらきな臭いことがたくさん起き、戦争に向かう足音が、庶民から見れば暗黒の時代であったろうな。



『靱猿』 名前は聞いたことのある有名な番組、生で黒川の抑揚でぜひ観てみたいものよのう。  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)黒川能

2014年01月31日

王祇祭に行きたい

出張中に庄内の友人から良いものが送られてきました



ほわっと香る優しい温かさのある酒です。最高にうまいです。さすが加藤喜八郎酒造です。さらに選んだ人がうまいものを良く知っています。

しかし、主役はこっち





黒川 上座の「凍み豆腐」です。だっつり「山椒」テイストを効かせたうまさと歯ごたえ。 
スタイルで言えば下座の「しょうゆラーメン」に対して上座の「つけ麺」ってところでしょうか。

届いて1週間以上になるのですが中国出張から帰ってきても日持ちはぜんぜんOK、さすが元々保存食の元祖です。冷蔵庫で結構な期間大丈夫。








何はともあれ黒川の王祇祭の日がやってきました。1年がかりの壮大な人手を要する祭りです。上座下座の當屋だけでなく村全体が祭りの熱気とエネルギーに溢れ老いも若きもなにか落ち着かない喜びのようなもので包まれます。

以下、唯一、自分の目で見たことのある2008年の下座の祭りの風景です。

當屋で神職の手で神様に布を着せます。この布は来年の當屋当人から送られたもので最終的にその来年の當屋当人の着物になります。祭り全体が実に深い連携で成り立っていることの一端です。



「男装の麗人」はこのときまだ独身でしたが今はイケメンのだんなと可愛い子供がいる。



前の年の神様の布で作られた當屋当人の着物 「素襖」 (すおう) 
鶴岡に仕立て屋さんがいるのか、京都まで送って仕立ててもらっているか。





祭りは以下のようなスケジュールで動きます
(6年前のどこかのHPより拝借)



しかし、「神社、能舞台」を中心とした表の部分はそれですが、祭りの裏では當屋で起こる全てのことに神経を注ぎもくもくと素早く静かにこなす「所帯持ち」という役回りの4人がスポットライトを浴びることなく行動します。





さらに祭りに必要なごちそうやお供え物に使う木の実や漬物、野菜などの食材は1年以上前から村中の女性たちの手で準備され仕込まれる。

裏方で火事場のような忙しさで働く女性たち




(割烹着を着ていますが今をときめく「STAP細胞」の研究室ではありません 黒川の台所です)




いぇい!  若妻たちは美人ぞろいで明るい




2月一日當屋での本番、2月2日神社で神様の前で能と尋常事の終わりに神様に着せた布を剥いで祭りが終わる。






さて、話は2月3日の後片付け「出来上がり」 来年の當屋に道具を届け「竿戻し」をした若い衆が「へそび」を付けられて今の當屋に帰ってくるとそこで片付けのほぼ終えた人たちに「へそび」を付けて回る。広い村中だが歓声が上がるのでなにが起きたか察しがつくらしい。

「へそび」とは昔、台所の燃料が薪だった頃に鍋の底に着く「黒いすす」のこと。

手伝いに来たすべての人が「へそび」の餌食になる。



美人姉御に容赦なく、どころか進んで書いてもらってるし



美白の若妻会にも容赦なし



キャーっと逃げるも実に楽しそうだ、この場所にいる全員が標的に


プロカメラマンだってごらんの通り、レンズとカメラは勘弁





そして振る舞いのあとにむしろを使って仲間を天井に放り上げる「どんつき」が始まる







春日神社より国司(くにつかさ)の称号をいただいた當屋当人もこの洗礼を受け実に楽しそうだ。
後ろの赤いシャツの人は「多種共存の森」の著者、東北大学の清和教授だったりします。

以上、2008年の王祇祭の記録より

6年前の写真で申し訳ない、毎年王祇祭に行きたいと思いながらなかなか実現出来ないでいる。思い切って休みを取るしか方法がないことはわかっている。今年はちょうど1日2日が土日でジャストだったのだが諸般の事情が許さなかった。



また、とーしろオヤジが黒川に行けますようおたの申します、
春日の神様! 法光院の仏様! 赤鶴真蛇の鬼ィ様!
  

Posted by とーしろ at 13:35Comments(2)黒川能

2013年07月09日

水焔の能

能への誘い(いざない)











能に接するきっかけとしてとても良いと思います。

観能料はいままでもリーズナブルだったのですがさらに半額です。






場所はわかりやすい、駐車場も充分あり

広く、空気が澄んで、夕涼みにちょうど良し





ぜひ、足を運ばれたし



うんちく:

1、羽黒山での奉納は長い歴史上の繋がりによるものです。
能座のしくみや稚児舞「大地踏み」の能章などは羽黒修験や天台宗など
仏と神の混然とした信仰の中から生み出されてきた人々の営みの中の重要な
行事としての延年、祭を背景として参考にしながら作り上げてきたもので
羽黒山とは深い関わりがあった。



2、庄内神社での奉納
長い歴史の中で多くの苦難を乗り越え能座を運営、発展してきたが、能はその
運営費用も並々ならぬ多額の費用を要する。最初は武藤の殿様、その後、泉の庄
を攻めて納めた最上の時代を経て、江戸時代に酒井の殿様によってさらに手厚く
庇護を受け、能面、装束の寄進を受けるなど大きな恩を受けながら守ってきた。
今の時代になっても酒井家を敬い大事にする思いは受け継がれている。
殿様への感謝。王祇祭と例大祭でのみ行う「式三番」を庄内神社では奉納する。


3、山戸能
これは昔、黒川のある能役者が行商の旅の途中で宿泊した家の風呂でひと謡い
したところを聞きつけた宿の主人が謡を嗜む粋人で「これは相当うまい謡だ」
「どこぞのご出身ですか」「黒川です」「ぜひ教えてください」偶然の産物で
付き合いが始まったと本で読んだ。
それから定期的に黒川の能役者が指導に行くようになり山戸能も腕を上げてきたと。
この式三番は山戸能の舞い、見てみたいと思う。

  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)黒川能

2013年05月26日

例大祭 黒川能 大江山 (下座)

例大祭の下座の番組は「大江山」

能の五番目物、大江山に住む酒吞童子という鬼を退治するお話です。








まずは謡い方、囃子方の神への礼




山伏に扮した源頼光一行がやってきます




盛り上がりの後半までしばらく「静」という忍耐 YっすいとShow
(Yっすいという呼び方はクリコさんの専売特許です)




そこへ子鬼どもがやってきて




ちょっかいを出す子鬼ども  
しかし、頼光らが軽く追い返す






茨木童子がやってきたので頼光たちは一泊の宿泊を頼むと



酒吞童子の館へ案内された







酒吞童子は頼光たちが山伏と信じておのれの話をし始める




「もとは比叡山に静かに暮らしていたが僧侶に追い出され全国を放浪し、
やっと今の大江山に暮らすことが出来た。これからも静かにくらすゆえ
人には私のことを喋らないで欲しい。」




歓待し、酒を飲み舞う酒吞童子








しかし、ここまでの物語に鬼が都や人間たちに悪さをしているくだりが無い
人を信用して泊めてくれて酒やご馳走を振舞いとても良いヤツではないか



ここでアイ狂言の登場  ふっと場の空気を変えるひょうきん





大江山の鬼がいかに恐ろしいものか語っているようだ



あんまり恐ろしいので



そのうち一人が気を失ってしまった

そして、気がつくと「かえろ、もどろ」と叫びながら去っていった


そして舞台にまた緊張感が漂うと思えば武装した頼光らが登場








酒吞童子の寝所を襲う頼光たち






何事だ、おのれ謀ったな!








舞台の緊張感は一気に高まり



アップテンポのリズムで囃子方の手がエイトマンの足のように見えなくなる

謀った人間どもを許すわけにかいかぬ









しゅわっ!



ずしゃっ!



圧し掛かる鬼を下から突き上げる頼光



勝負あった



勅命を受けて鬼退治にやってきた頼光たちの勝ち



鬼の首をとり凱旋していったのであった。





また美しい礼を神に返し一同舞台より引くのでした。めでたし。




そして間髪おかず即効で迅速に若者による装束・衣装の片づけが行われるのでした





大変お疲れさまでした。数年ぶりに観能させていただきました。



鬼は酒吞童子は本当に悪いヤツだったのか。

山に住む帰化人たちが里の者に悪さをしたという説もある。
一説には高度な精錬技術を持った帰化人が大江山に住んで財を成して
いるので朝廷がそれを横取りしたという説もある。大江山では銅、銀、
近年ではニッケルも採れるというし。それを正当化するために鬼退治
の物語に仕立て上げたという。まことかうそか。


大江山を題材にしたものがいろいろあるようだ。と思ってググってみると
これも能で人気のある「土蜘蛛」も場所は大江山で源頼光が登場。

一方、百人一首の有名な短歌

大江(おほえ)山 いく野の道の 遠(とほ)ければ
     まだふみもみず 天の橋立

小式部内侍(こしきぶのないし)(60番) 『金葉集』
    
しかし、歌の大江山は丹波国桑田郡(現在の京都府西北部)の大枝山であり
能に描かれる丹後の大江山とは別な土地という解説もある。ところが天橋立
は丹後の大江山の近くだからわかりにくい。勉強不足なだけではあるが。






この度の黒川 春日神社 例大祭 久しぶりに由部太夫にもお会いできたし
れいれいさんともちょっこしお話できたし、おじいさんおばあさんの所にも
行ってきた。KORさんにも大変お世話になりました。
惜しむらくは超忙しかった笛のあっ!くんとお話できず仕舞いだったこと。

次は何時いけるだろうか。
いつ春日の神様から呼んでもらえるか楽しみです。車、あたらすいのにして
から来いってか。さすが神様、なんでもお見通しだ。
  

Posted by とーしろ at 12:58Comments(0)黒川能

2013年05月20日

例大祭 黒川 狂言 千鳥




黒川能 狂言 『千鳥』

主人が太郎冠者に酒を買って来いという。
酒屋は溜まった前のツケを払えと言う。金は払わないが
新たに酒を持っていく手立てを太郎冠者は考える。
酒屋は面白い話が好きだ。乗せた頃合いを見計らって
酒樽を持っていくというお話。











かしこまってござーるー♪



酒屋に向かって面白いことを提案する太郎冠者














ノリの良い酒屋は掛け声を掛ける役をやる





足で酒樽を巻き込むように引き寄せる太郎冠者



一つ目めの千鳥作戦うまくいかず



二つ目の山鉾も失敗



三つ目のお馬作戦

いたずらっこの顔、とぼけ具合が絶妙の可笑しき



酒樽に棒をつけてお馬のように・・  すたこらさっさ





太郎冠者は酒樽を持って逃げていきましたとさ。

リズム感が面白い。


庄内弁の訛りに黒川狂言独特の抑揚、ふくよかなカーブを持つ
柔らかなやりとりにおもわずにんまりするハウツーの妙。
  

Posted by とーしろ at 07:00Comments(0)黒川能

2013年05月16日

例大祭 黒川能 白髭 (上座)

『白髭』 上座

誰かにベテランの地元オヤジが言う「35年ぶりにやる番組だ」
ひょっとしたら若い役者はまだ生まれてないかもしれない。







「竹生島」と同じく琵琶湖に纏わる神様のお話でめでたい脇能のひとつ。
近江国の白髭神社に勅使が参詣すると,漁翁が現れ神社の縁起を述べて社壇に
消える。やがて本体の明神・天女・竜神が出現し,楽を奏して太平の御代をこ
とほぐ。「ことほぐ」とはなんぞや、「めでたいことよのう」と説くことと理解。


案内は寄進料を納め配られた番組解説から







少し前の記事、「JAZZシンガー」深田多恵子は近江八幡、琵琶湖の東側。
その対岸に白髭JAZZならぬ白髭神社がある。竹生島は琵琶湖の北側に位置する。



では早速、囃子方と地謡の登場から連写

超大作なのでこころしてご覧ください








あっ!くんは上座の脇能にも登場でなんと3連荘、神事から始まりここまで同一
人物が重要な役回りを連続行うのは彼だけだったろうと思う。
(男装の麗人は余裕のよっちゃんでうしろで腕組みして観てるし)


特別手当をもらわねば割に合わぬ。黒川では何で手当とするか? 
「酒でしょっ!」


さて、番組に戻ろう。





こしらえ物は屋根の形から「社殿」とわかるシンプル

















 


ひょうきんな面(おもて)のアイ狂言の「ひと舞い」がみごとだ









背が高く見栄えの良い天女 登場









この番組は場面場面で太鼓の出番多く、役者の舞をしっかり見ながらタイミングを
測り盛り上げるみごとな技。かろやかなはずむ音色。



いつの間に仕込んであったか「シテ」(主役)明神が社の中にいる









裏方の仕事も多い、細やかな気遣い



























「運び」 親指、つま先、かかと、体重移動 
観る者と舞う者はたぶん違う観点で今の「舞い」を感じている。





どう見えているか全身全霊で「姿」を感じつつ舞う役者



舞うたびに積み重なる経験



龍神 登場
























なんて美しいのだろう。





2時間半にも及ぶ長い演能、役者方、地謡方、囃子方の皆様、大変ご苦労様でした。

「忍耐」という側面もありや、あそるべし日本の伝統美。




最後に同番組の昔の絵柄

ネットに載っていました能狂言図鑑より


  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)黒川能

2013年05月14日

例大祭 黒川能 式三番

5月3日 黒川 春日神社 例大祭に行ってきた。
長いので数回に分けて掲載しよう。

昨年は4日に用事あり5月3日には高速道路で帰宅中だった。

数年ぶりの例大祭、撮った写真は精進足らずブレブレ写真ばかりだった。
原因には心当たり、液晶ベゼル修理でメーカーで設定を初期化されてしまった。
バッテリーグリップをつけて安定しない電気的接触。それらを放置した怠慢。

それにめげず、役者、囃子方、狂言方、地謡の迫力にまかせ載せてみよう。

最初は巫女舞、神事が続いており神妙に静か、レンズは向けられず。
神職のあっ!くんや美しき男装の麗人は厳かにかつ忙しく仕事をしていた。



神事が終了し、ほどなく式三番が始まる。ものがたりはなく、延年長寿を
祈る謡と舞。千歳、翁、三番叟から成る。

例大祭の式三番は上座、下座の共演、囃し方、地謡も共同作業となる。

神職のあっ!くんは超特急の支度で連続の登場。本来は神社に奉仕する笛
(春を告げる獅子舞の笛などもこの役)と囃子方の笛は別な役割というが
現代では両方を兼ねるとのこと。


式三番、2月1日の王祇祭と5月3日の例大祭でのみ行われる神聖、神が舞う荘厳。


翁  :上野由部(下座太夫)
千歳 :小林博 (下座)
三番叟:斉藤俊一(上座)
後見 :斉藤賢一(上座太夫)
   :清和政俊(下座三番叟)














凛とした姿、リズミカルな足運びとクルリンとターンするところが好き











面(おもて)「白式尉」を後見が結ぶ
きつくないか、大丈夫










カメラの効果を一枚










三番叟、橋掛かりに現る



世の平和と繁栄、長寿を願う姿の神々しさ



面をはずし



舞台をあとにする翁、橋掛かりに控えていた三番叟










三番叟「揉みの段」のふくよか








面(おもて)を手伝う後見は下座の若き三番叟













三番叟「鈴の段」の躍動





白式尉(はくしきじょう)の翁が神ならば、黒式尉(こくしきじょう)の三番叟も神である





地面に平行に体が平らになるまでの礼は神への挨拶である。



笛を先頭に引き上げる囃子方、地謡

圧巻の式三番、お疲れ様でした。ありがとうございました。



能章、謡いの言葉が聞き取れるようになりたいとは思うが百年くらい掛かり
そうだ。というより自分には無理だろう。上座の「所仏則翁」も観たい。
理解しながら観られたらどんなに良いか。






いえね、こんな重厚で、すがすがしくて、かっこいいことの出来る男どもが
なんとも羨ましいのです。


  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(3)黒川能

2011年05月01日

「三代友達」 黒川

あっ!くん の記事で紹介されている黒川のテレビ放送のこと

庄内を離れる29日の朝、NHKで黒川能をテーマにした番組をやっていた。久しぶりの風景、
顔見知りの元気な姿、屋号の表札の画面にテレビにかじりつき、番組が終わると黒川に直行した。

2008年6月19日の 「笛の名手逝く」 の記事で書いた  屋号を見たひにゃ・・・
自分なりの感慨もあるわけで・・・



用事もあったし、ご無沙汰の人にも会いたかったし、その人はたった今のテレビに出てたし・・

29日は短縮編、30日のBSではフルバージョン


ハイビジョン特集  三代友達 ~大地の祈り 黒川能の絆~


2日 NHK BSでもう一回全国放送だぞ 夕方4時 フルバージョン 見るべし


ざっと紹介

『テレビ放送された画面を撮った写真はそのまま載せます』
『個人名は伏せます、個人を指す必要がある場合はイニシャル程度とします』

写真は短編バージョンとフルバージョンと両方から撮った気がします。



休耕田を利用して育てた大豆で作った豆腐は最高の出来栄え、さぞ美味いだろう。
(いまどき国産丸大豆の豆腐など超高級品だ、我々の普段の豆腐納豆は外国の大豆)

村中総出の豆腐焼き、天井もこげる火力で顔もぽっぽ、皆の顔は明るく、冗談の
応酬をしながら大量の豆腐をあぶる。






2月1日 王祇際 (黒川の正月)  春日神社にのぼりが揚がり





上座、下座、それぞれの当屋じいさんの待つ家へ向かい神社から出発する「王祇様」の御神体










王祇様を迎えた当屋では座中の全員が正装の裃姿で集まり「座狩り」を行う



また、新規に座に加わった家などがあれば承認が行われる重要な場でもある




焙って「凍み豆腐」となった豆腐は解凍され幾分乾燥した状態で保存されるが
役者やお客さんや人々の口に入るときに2番汁というたれに入れて食べる。
山椒をがっつり効かせて食べるのが黒川流、上座と下座でたれと食べ方に
違いがある。しいて言えば「中華そば」と「つけ麺」のような・・・




ここで黒川自家製の山椒の美味さを経験すると、市販の山椒は「これナニ?」

庄内出身者がよその土地のビアガーデンで気軽に「枝豆!」を注文しない方が幸せ・・みたいな





能舞台の最初は5、6歳の少年が演じる 「大地踏み」





大人にも暗記出来ないあの長い難しい能章を大きなよく通る声で完璧に唱える力



この歳ですでに強い信念を感じさせる凛々しい目




観客席で我が子の舞台を見つめる母の祈りと懸命








大地の四方を縦横斜めに踏み固め悪霊退散、五穀豊穣を祈る所作舞い





長い所作舞いが終了、割れんばかりの拍手、やり遂げた子供はまた階段を登る

父と母は我が子の成長ぶりに思わず胸が熱くなる瞬間の誇らしさ





式三番が執り行われ、能と狂言の番組が進行するあたりはテレビ番組では端折られて

メインで紹介していた青年の舞う  『嵐山』








この面(おもて)を身につけ舞う青年は性格の素直な、くやしいほどのイケメン

かわいい嫁さんと長男にも恵まれ、農業だけでなく老人介護もこなす多忙の中の充実



大豆畑の草刈で 「大豆一本刈っちゃいました」

お父さん曰く 「自分の脚 刈らない分上等だ」    どちらも優しいのだ



親子三代に加え四代目の成長を見守る大家族の結束と愛情。直接の家族だけでなく

地域全体で子供/若者に農業も能も教え指導し、伝統を確実に伝えていく姿。日本から

ほとんど失われつつある人と人の繋がり、テレビ番組のテーマはここか。





テレビでは、徹夜で演能した次の日の朝、王祇様が神社に帰る時の紹介はしていたが

2日目に行われる神社でのクライマックス行事の数々は端折っていた。別の機会に。




春になると春告笛が獅子舞と一緒に村々を練り歩く




あっ!くんの4月4日の記事 に臨場感たっぷりに紹介されている


弊blog 「黒川能 笛の名手逝く」  でも春告笛のことを書いている


そして、テレビはあっ!くんの練習風景を流し、月山の姿にて終了するのである。



おとうさんにつかまり立ち、美男美女の双子ちゃんは健やかに育ち、目力がすごい。

おとうさんの笛の音をDNAに聞きながら大きくなる。黒川は強い意志で伝統を守る。




短編バージョンを見て黒川に走ったとーしろは王祇会館に寄って、展示年間チケットを購入。

いつもお世話になってるさっきテレビで見た人には会えず。 親戚の家にご挨拶、さらに親戚の

叔父様がやってきて話が弾み、帰ろうかと思った時に王祇会館で会えなかった人がやってくる

というラッキー。春日の神様はちゃんと知っているのだ。







春日神社の名代に六所神社に拝礼し帰路に着く



(最後の2枚はテレビではなくおらがデジカメ)

・・・ぽちっと頼む



  

Posted by とーしろ at 18:00Comments(9)黒川能

2009年03月07日

蝋燭能 その3

(照明が蝋燭だけで、写真がほとんど真っ黒に写っているため、復元に時間がかかりました)
(80%は腕の悪さ、20%はレンズの限界、復元できたのはオレのせい、いや、ソフトのせい)


神事の後、上座の「釆女」(うねめ)

最初に「囃し方」の礼

お客様への「ご挨拶」ではなく、黒川の場合は常に「神への礼」で始まる。
背筋を真っ直ぐになるよう深くひれ伏す。 美しいと思う。



「釆女」は1728年鶴ヶ岡天神の「開帳能」で舞われ、記録に残る最古の
「王祇祭」1689年にも番組が記録されている。

前シテ(里の女)   : 釼持 博行
後シテ(釆女の霊) : 斉藤 賢一太夫
ワキ(旅僧) : 釼持 一行

後見  : 遠藤 貞吉

地謡 : 釼持 松雄
      斉藤 利雄
      斉藤 明
      遠藤 由一
      遠藤 甚一
      遠藤 初夫
      釼持 孝文
      釼持 喜美雄

笛  : 釼持 浩
小鼓 : 渡部 昇
大鼓 : 遠藤 幸男
  




旅僧が春日大社に参ると、庭に木を植える若い女に会う。



女は僧を猿沢の池に案内して、帝の寵愛が衰えたことを苦に入水した
「釆女」の話をし、自分がその采女だと明かし水底へ消える。



僧が女の供養をしていると、釆女の霊が現れ宮廷の華やかな暮らしぶりを
思い出し、夜通し舞い、国土安寧を祈り、供養を頼んで消える。



上座 能太夫 斉藤賢一の技と、紫に金糸の模様が、物悲しくも重厚感
溢れる舞に仕立てる。









上座 狂言 「宝の槌」 

シテ(太郎冠者):遠藤 直樹
アド(主人)   :難波 幸一
小アド(売り手):遠藤 光

後見:遠藤 甚勇


太郎冠者が主人に宝比べの宝を探すよう言いつかり、都で宝を探していると
物売りが近づいてきて、太鼓のばちを「宝」といつわり売りつける。まやかしで
刀を出して見せたので信用してしまう。



主人の前で、いくら呪文を唱えても主人が望む「馬」は出てこず、結局ごまかして
しまう。  主人と太郎冠者のやり取り/せめぎあいが、なんともリズミカルで腹を
かかえて笑える秀演。「黒川の狂言」が独特の魅力に溢れ、ファンが多いのも頷
ける。







下座 「大瓶猩々」

前シテ(童子):小林 範正
後シテ(猩々):清和 勉
後ツレ(猩々):蛸井 栄一
後ツレ(猩々):清和 博幸
ワキ(高風) :清和 政俊

後見 : 上野 由部太夫

地謡 :
平親 善一
上野 繁美
上野 初雄
秋山 文雄
遠藤 薫
秋山 久喜
斉藤 正美
遠藤 昌克

笛:小林 義一
小鼓:蛸井 正志
大鼓:上野 芳彦
太鼓:清和 勝


高風という酒売りが親孝行しながら暮らしている。いつのころから、童子が酒を
飲みにやってくるようになる。



尋ねると、瀋陽の江に住んでいる「猩々」と答え、高風の孝行を称え、汲んでも
尽きない酒壷を与えようと言って、市人に紛れ立ち去った。



高風が瀋陽の江に行ってみると、大勢の猩々が大瓶の酒を飲み、舞っている。





そのうち、猩々たちは酔い伏すが、やがて醒め、壷を与えて帰っていった。
黒川に似合う、酒に酔う様もめでたい番組である。 尚、上座には「猩々」
という、これと対をなす番組がある。






「初心者マーク」のついた私は案内に書かれたことくらいしか書けないが、
写真と共に紹介することで、ちょっぴりくらいは理解の助け、あるいは、これ
から興味を持っていただくきっかけにならないだろうか。

水焔の能や、例大祭や新嘗祭の春日神社に、多くの人に来ていただき、この
ような素晴らしい伝統芸能を、長く残していくことへ、賛同いただけるよう願い
たい。世界に誇れる伝統的知的財産がこんなに近くにあることの幸せ。




今度は何時、行けるだろうか・・・・・・安くなれ! 高速道路






予想はしたが、しかし、真っ黒で見えないデジ写真も、時間をかければなんとか
救えるというのもすごい時代だ。手ブレをせず、ピントを合わすのも一苦労。
80%の写真は使い物にならない。ここではF1.4以下単焦点のレンズだろう。
そんなレンズはなかなか良いお値段。



蝋燭の灯かりだけの「幽玄の能」にこころ奪われながら、ポチッとやってみれ!
  

Posted by とーしろ at 14:45Comments(0)黒川能

2009年03月03日

蝋燭能その2

さて、気合の入った芸を堪能した「蝋燭能のお客さん」は興奮にまだ心の臓を
どきムネムネしながら、王祇会館に移動する。交流会150人の大所帯。



大広間に平お膳が客をもてなす。








最初はこの「六つ目結紋」でつつましく。








スタッフの若者、美男美女がずらり。 くやしいけど皆美しい。






くやしいけど、皆カッコイイ







お膳の杯に酒が注がれ








豆腐が振る舞われる









これで十分、心遣いと歓待を受けたのだが、もうひとつ最高のラッキーが待っていた





わおっ!でかい記念の蝋燭!   (これをいただく瞬間はあっ!くんのところで)





多くの黒川能の役者、スタッフ、イベント出演のアーティスト:真砂秀朗さん、
ギター:遠藤昌美さんともお話をさせていただいた。皆、熱い情熱と、力強く
生きる力をみなぎらせて、一服の宵に身をまかす。




素敵な一日、素晴らしい「芸」を楽しませていただいた。
・・
・・
・・
深謝。

また、訪れてもいいだろうか





神様の前で   「グラサン」 はずす・・・


巨大蝋燭の前に立つ




交流会の行われた王祇会館の窓から
















月山から吹き降ろす冷たい風に身をさらし、己の所業を振り返る。
同じかもしれないと振り返りながら、ポチッとやってみれ!



ありがとう、黒川
  

Posted by とーしろ at 21:57Comments(10)黒川能