2016年06月27日

椿山課長の七日間

浅田次郎の作品が続きます

「椿山課長の七日間」



文庫本







単行本








どっこい、ご本ではなくKindle版で読みました  (がくっ)


天国までの100マイルで打ち合わせ前のスーツ姿のまま結構泣かされて、
今回もメイドからカムバックした奴らに涙腺のバルブが緩めっぱなしでした。
ポロポロ

浅田次郎、うまいなぁ

お薦めの本
プリズンホテル (抱腹絶倒、ハチャメチャの連鎖 プリンスホテルじゃねぇっつの)
きんぴか    (哀愁を帯びた男達、生き生きした女達)
壬生義士伝  (文武両道の血統、貧困の中の家族愛)
オーマイ、ガッ (大前 剛のラスベガスで大金・・抱腹絶倒の極致)



  

Posted by とーしろ at 13:00Comments(0)ミーハーな読書

2016年06月25日

天国までの100マイル

素敵な本のお話し


事業に失敗し愛する妻子とも別れただめだめ中年男が主人公。

重い心臓病を患う老母を乗せて天才心臓外科医がいるという病院までポンコツ車でひた走る。

母、水商売のマリ、元妻、「金はまかせろ」と言いながら主人公を避け、母親に親身になれない

成功者の兄、姉たち、、、

切ない思いと共にたどり着いた先には奇跡が・・・・





母はどうなった

元妻は

マリはどこに・・

100マイルの少し先をぜひ書いてほしい。  と切に希望します、浅田先生。

久しぶりの出張で東京駅の本屋で買って、常磐線の目的地に着くまでに読んじまった。

浅田次郎の作品に登場する男は冴えなくても哀愁を帯び、女はピリッと辛くて生き生きしている。

「血まみれのマリア」もそうだった。

映画化するとしたらマリのキャスティングはすぐ目に浮かんだ。


  

Posted by とーしろ at 04:00Comments(0)ミーハーな読書

2016年05月25日

カエルの楽園

本の話題です

良くも悪くも動きの過激な作家の本を久しぶりに読みました

「海賊とよばれた男」 発表のときに春樹が新刊を出したので不平を言いつつ、自分だって100万部を軽く超えた。

「永遠のゼロ」 映画になり、見てみればかっこいいのは田中民だった。



この本は最初から意図して読んだわけではなく、Amazonでいつものお買い物をしているときにふと目について、ついポチったのだった。




ずいぶんとわかりやすく比喩しているが、全体を統一したある実在に当てはめてるのではない。


出だしはこんな感じ






あとは、たどりついた平和な国で、踏み込もうとする人と踏み込むことすら嫌がる人との争い。

言い換えれば「考え直そうぜ」という人と「触るんじゃない、そのことを話題にすることすら忌み嫌う人」との永遠に噛み合わない、議論すらできない閉塞したどこかの国を強烈に皮肉ってる童話。



通勤電車に揺られる、駅と駅の間のわずかばかりの時間に、物語を楽しむ余裕などないくらいに1日(正味1h)で読み終わってしまった。もっとも、読み終わったあとに残るのは、少し不機嫌な感じの「かきまぜたまごご飯」だった。

ふと目線を水平に戻すと、3月の寒い日でもノースリーブのワンピースで、後ろにいるダウンジャケットのおばさんを驚かせていた背の高い女が、初夏でもノースリーブの青いワンピース姿で高級なハンドバッグを手に、颯爽とビジネスウーマンしてる立ち姿があった。どんな仕事をしてるのか興味が湧いた。


しかし、もし仮に偶然で彼女が振り向いたりして目が合いそうになったら、僕は目をそらすだろうという気がする。
  

Posted by とーしろ at 07:00Comments(0)ミーハーな読書

2016年04月11日

pepe

世界で一番「質素な」大統領と 言い換えて欲しい





昨日届いたもう一冊はおかあちゃんがすぐに人に貸したって・・・


おれの本なのに勝手に貸すな!  人の思いはムシカ


読めば一瞬の、ネットですでに読んだ言葉ではある。


しかし、世の政治家、指導者がこのように思えば幸せ度があがりもっと平和になるだろうに、とは思う。経済発展の名の元に大量消費して環境と人の心を蝕んできた「人類の進歩」=「不幸の連鎖」=「環境の破壊活動」だったことは現状をみれば明らかだ。

過去に政治犯だったムヒカは、世界中のどの偉い人より的確に警鐘を鳴らしている。


この人の言葉を読み、とーしろうは改めて日本の政治家に問いたい

汚染の止まらない壊れた発電所を見てもまだ原子力に頼りたいか?

その原発を動かさない限り走れない、深い地下をヒュンと走るモグラモーターカーをほんとに作るのか?

人口はどんどん減る。今、わかってる統計より速く。
なぜなら若者の結婚率が若者の人口減少率よりさらに大きな
割合で減少し、生まれてくる子供は悲惨な減り方になるから。

むりやり作るその乗物から見える景色は綺麗かい?

その乗物で どこにいくの?

そこに幸せは あるのかい?





  

Posted by とーしろ at 22:49Comments(2)ミーハーな読書

2013年06月05日

Kindleで周平

以前から望んでいて、早くそんな日が来ないものかと思っていたらいつのまにかこんなことになっていた。
電子本・・・・Kindleで読める周平のほとんど。





あらまし紙の本で読んじまったあとの祭り。Kindleで読めるなら押入れを占領するダンボールのいくつかはその空間を明け渡していたものを・・・

紙の本でなければ伝わらない「温度」というものもあるように思うし、印刷された活字を読むという行為は画面を見ることと違う能の活性化とも理解するが、読み終えた本をを日焼けや虫のリスクと共に保存するか、もったいない気持ちを断ち切り処分するか、結構迷ったりもする。まとめて買ってくれる業者もあるが。

今から読み始めるなら「Kindleペーパーホワイト」と共にそろえるのが良い。

タイミングというものはなかなか自分の思うようにならぬものだ。  続きを読む

Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)ミーハーな読書

2013年05月31日

『永遠のゼロ』

本屋大賞を受賞した「海賊とよばれた男」を読み、もっと百田尚樹の
作品を読みたくなった。たぶん、このパターンの読者は多いのだろう。

なぜなら、「海賊・・」が売れた後、「ゼロ・・」がまた売り上げを
伸ばしているから。

で、2年前に娘がこの本面白いよと言ったときはまだ百万部くらいだったと。
そのときは作者を知らず。オヤジにはなんのことだか。
今や「ゼロ」は「2百万部田 尚樹」  ずいぶん荒稼ぎするじゃないか。





この「帯」は調子こいてるが楽しそうだぜ講談社





でも本が売れるのは良いことだ



またもやこれだけの調査資料をどこから仕入れてきたかと言う膨大。

姉弟が自分たちの本当のおじいさんのことを調査する=戦時中、同じ
飛行気乗りだった人たちを訪ね話を聞きまくるというすじがき。

おばあさんが亡くなったとき、今まで本当のおじいさんと思ってきた
祖父が実はおばあさんの再婚相手であり、本当のおじいさんはお母
さんが生まれたときにはずっと戦地に行ったまま帰ってこなかった
ゼロ戦乗りだったと。



厚生労働省、旧海軍の団体などの調査情報から、当時の記憶を持つ人を
探し出し一人ひとり訪ねる。

「ヤツは臆病者だった、死にたくないと言ってはばからなかった」
「あんなヤツは大嫌いだった、逃げてばかりだった」
徐々に明らかになる本当のおじいさんの人物像、
「いや、腕の良い戦闘機乗りだった」


百田尚樹の小説は膨大な資料をどこかで展開するパターンで、今回は
それぞれの生き残った戦闘機乗りに長い史実を時系列に沿ってに語らせる
のだけれど、あるいはややもすると物語の中から逸脱するかに見せて実は
ちゃんと語り終わる時は物語の流れに戻ってくる。

そして怒号の結末、戦争の終焉まで生き残っていたのになぜ最後は特攻に
志願したか。なぜ、生き残る方に賭けなかったか・・・



当時の米兵の記憶・・
「ヤツのゼロは悪魔だった。あの高性能な我々の機銃をかいくぐって艦まで
飛んでくるなど出来るはずがない」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ヤツのゼロは我々の艦の甲板のど真ん中に命中した」




おばあさんは、、当時美しかった若い妻はどうやって生き残ってきたのか。
涙、涙なくして読めない。



さすが脚本家の書く小説だ。はらはらさせたり胸をなでおろしてくれたり
メリハリと起承転結はみごとだ。分厚い本だが面白く最後まで読める。




戦争物にはあまり興味が沸かない、兵器などはむしろ嫌いだ。しかし、
高度な技術の詰まったゼロ戦というマシンには興味はある。そして、日中
戦争時代に誰かが編みだした圧倒的ドッグファイトの有利を勝ち取る技
「左捻りこみ」にも興味が沸いた。


敵の後ろをとるのが空中戦の鉄則、当時の飛行機に「ロックオン」ボタンは
無いだろうけど。ところがわざと敵に後ろとらせてから、操縦桿をめいっぱい
引いて宙返りに持ち込み、回転の頂点に達するかのその直前に、右回転する
プロペラと逆に左回転しやすい機体の特性を利用して「すべりながら」小さく
宙返りすることであっという間に敵の後ろに回りこむ高度で不思議な「技」。


相手からは目の前にいたはずの日本の戦闘機が消えたように見えるらしい。
消えたと思ったらすぐ後に回りこまれていることに気づく。気づいた時には
すでに機銃でやられている。

そしてやがてゼロ戦の強さは敵国に知れ渡ることとなり、敵国の上官は飛行兵
にこう命令する

「ゼロとドッグファイトをするな」


ゼロ戦の性能が世界に類を見ない素晴らしいものだっただけでなく、日本の飛行
兵の飛行技術がこれまた素晴らしかったらしい。




「ゼロ戦」に纏わる背景をもっと知りたくこの本を続けて読んだ。



『祖父たちの零戦』




なんと帯書きは百万部田尚樹じゃないか鎮魂歌、読み終わってから
気づいたトンチンカン















さらに零戦は燃費性能が良く、一回の燃料補給で3000kmも飛べた。
飛行兵には過酷だったが800km離れた敵基地まで飛んで行き、戦闘
をして帰ってこれたという神出鬼没も相手を驚かせた。




ゼロ戦は登場して3年くらいは世界最高の戦闘機だったがグラマンF6が
登場してからはそのパワーに勝てなくなった。なにより資源が何もなく
なっていた。
飛行機を作る金属も飛ばす燃料も。有能な人材もどんどん減るばかり。


アメリカは不時着したりパラシュートで降下した兵隊をすぐに救助するし、
グラマンには操縦者を守る分厚い鉄板がついているが、ゼロ戦には最低限
の金属部材しか付いて無い、操縦席に当たれば死んだ。 もともと兵隊さん
の命はお国のために捧げるものだった。哀しいが思想の違いのあからさま。




戦争なんてやっちゃいけない



意外だったのが、テレビ番組でアマチュアがプロ歌手を目指す登竜門で有名な
「全国歌謡選手権」の審査員で淡谷のり子の隣りでヘッドホンを片側に持ちな
がら聴いていたキングレコードの偉いひとは有名なゼロ戦乗りだったと。


さらに、戦時中は敵国として戦った米国や中国の元飛行兵と交流会などがあって
も日本の元飛行兵たちは若くして死なせてしまった部下や敵味方の命を思い、
敵飛行機の撃墜数などはあからさまに自慢したりはしなかったと・・・


平和な時代になってから、ある元飛行兵が米国の記者の質問に答える形で作られ
た本が有名になり一人歩きして、マニアの中で彼が英雄のようになってしまい
「左捻りこみ」の技と共に「売れすぎた」例もあるらしい。本人の意図とは別に。








ポルコ、紅の豚野郎もカーチスとの空戦で使っているって、ビデオ見たけど
あまり速くてわからない    おれの人生 「左捻りこみ」


とおもいきやおかんに後ろをとられてばかり、どんな技をつかうのだ。
キャット空中3回転か!  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(2)ミーハーな読書

2013年04月21日

田崎つくると黒川能

本屋大賞の発表に覆いかぶさるように発売日をぶつけてきた文芸春秋。

大賞を受賞したのが「永遠の0」で200万部の実績を持つ百万部田尚樹
だったからか大胆な宣戦布告。いや、実績で言えば村上春樹のほうが
ハルキに戦闘能力が高い。

なんやかや言いつつミーハー読者としては一気に片付けてしまおう。
ということでこれも読んでしまいました。




これから読む人のためにあらすじなどは書かない主義です。
宣伝文句に紹介されてる程度なら書いてもいいかと思う。

高校時代に仲の良かった、というより人生のすべてだった5人組。
田崎つくるだけ東京の大学に進学し他の4人は名古屋に残った。
帰省するたびに高校時代のように仲良くしていたのだが、つくるが
2年なったある日、「もうお前とは付き合えない」と4人から絶交される。

わけも知らされず突然に締め出されてしまった田崎つくる。

他の4人には名前に色があった。
アカ、アオ、シロ、クロ。田崎つくるだけ色の付かない苗字だった。

この色にはどんな意味が、しかけが込められているのか。


この色は中国の四神に使われる色だ。この色は方角と神様の動物の
名前がついている。


どこかで見たこと聞いたことがある。アルツはやまりそうな記憶を探り
かすかにレーダーが反応し自分のBlogを読み返しある本を探してきた。





黒川能、上座の大地踏みの能章に複数回登場する。上のの写真は「言い口」

左=東:青龍(アオ)
右=西:白虎(シロ)
前=南:朱雀(アカ)
後=北:玄武(クロ)


ここで4人に該当する色は登場した。ではしかけとして田崎つくるに色や
役割はないだろうか。色彩がないのだから設定がないのか。




上座の大地踏みの「幣の段」ではもっと如実にヒントが書かれている。




中央に黄色の帝王がいて安定しているのだ。田崎つくるは黄色の役割だったか。

田崎つくるがひとり東京に行ってしまうことで不安定になりグループに異変が・・

ここから先は読んだ人しかわからない。


どんな感想を持ったか。
「1Q84」3部作を読んだあとで待たされたハルキファンとしてはボリューム感
に欠けるというかハルキらしさも含めて「やれやれ」感がやや希薄ではあった。
書きながら迷いでもあったのかな?





5色は陰陽五行に登場する色で。何も黒川能を出さなくてもいいのだが
大地踏みに東西南北と色が表現されていたのが印象深かったので引用さ
せてもらった次第。黒川の能章は観阿弥世阿弥が能の番組を完成する
はるか以前に天台宗の偉い坊さんが書いたものとされている。能猿楽の
時代に。

そういえばハルキのお父さんも寺の住職の倅であった。関係ないが。


月山の麓に風薫る5月が近い、式三番がまた見たい。


  

Posted by とーしろ at 18:00Comments(0)ミーハーな読書

2013年04月19日

海賊とよばれた男

「お父さんの読書はミーハーだね」

お父さんの読む本の選択はものすごく単純になってきて売れてる本
話題になっている本に限られてきた。何も反論の余地はない。

まずは「本屋大賞」からいってみんべ。





本屋大賞に決まった記者会見で百田さんが言っていた
「文芸春秋も村上さんも人が悪いよね、この日に被せてくるんだもんね」

さあ売るぞ、って時になぜスケールの異なるバケモノのようなハルキの
発売日を設定するか。
イジメか?


ところがバケモノ作家=村上の「色彩を持たない・・」文芸春秋が100万部
突破するそのときに百田の「海賊とよばれた・・」講談社も2部構成ながら
100万部売っちゃうであった。

なあんだ、自分だって 百万部田 尚樹 じゃぁないか!
しかし、本が売れるのは良いことだ。


百田自身がテレビの前で放った一言がものすごい宣伝になった気がする。
「直木賞なんかよりずっと良い賞をもらいました」




明治から始まり戦前戦中戦後、
僕たちの生まれ育った時代にラップしながら経済の中でこんなことが行
われていたとはまったく知らなかった。出光アポロガソリンは身近に知
ってはいたが、複数ある石油会社はどれも同じ種類の会社と思っていた。


この物語はとりわけ、佐三にほれこみ自分の財産をとりくずして大きな
金額を差し出した日田重太郎という粋人の「人を見る目」という側面が
大きい。

あげるんだから返すな
ばらばらになった家族を一緒に住めるようにしろ
この金のことを誰にも言うな


一度失敗して全て無くした佐三にもういちど別荘を売って金を出す日田。
自分は裕福な一族から離縁される。



戦争をしなければならなかった理由
戦争に負けた理由、勝てたはずの理屈
勝てるはずの無い「物資の無さ」
押さえつけるものと許された自由の小さな差
案外だまってみてくれた「大きな心」
這い上がった技術力、知恵



ずいぶんいろんなことを考えさせられるスケールの大きな充足感。

そんな本だ。



ちなみに「おとうさんのミーハーな読書」は通勤電車の揺れ具合と
同期しながら、駅と駅の合間を縫いつつしばらく続くのである。



わずかな時間の通勤電車、一心不乱に本を読んでいて・・
たまにふっと目線を移すと「きれいな脚線美」にどきどきしたり。
(それって心乱してんじゃないのか)


夢を壊さぬようにそれ以上は目線の仰角を上げないようにしている。
マスクをした美人はそのまま美人と信じていたい。はずしてならぬ
ものはならぬのである。

後姿だけを見送る。

(心乱しても、生活は乱さず)









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Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)ミーハーな読書

2013年04月11日

春秋山伏記 ボーホー

出張で新幹線に乗ろうとしたとき、気持ちと時間に多少の余裕があれば
習慣的に東京駅の本屋に寄る。

今話題の本も悪くはない。
ナンバープレイスはもう飽きたって訳じゃないが今のお気持ちに合わない。

藤沢修平は酒田と北九州の単身赴任のときにほとんど読んだつもりでいるが
多少取りこぼしがあるはず、と思って2冊買ってしまった。
「龍を見た男」
「春秋山伏記」

一度読めば気が済むほうなので過去に読んだものはダンボールに入れて押入
れに格納していて、まだ読んでいないタイトルが何だったかわずかな記憶を
たどることになるわけだが、同じものを買ってしまえば家の者にこう言われるに
決まっている。

「お父さん、ぼけた」
「やかますぃわい!」

今回はかろうじて大丈夫だった。






「松の勧進、ボーホー」である

ほら貝の音は正確には「ボーオーホー」と三つの音階であった。

年末近くになると(11月かもしれない)山伏が家々を回りお札を配って歩く
姿が思い出される。いつか、Blogに書いたことがあると思うが数年前の11月
だったか、何かの用事で妻の実家にいるときにやってきた山伏は35年ぶりの
体験だったが顔を見てびっくり。中学の同級生だったのだ。

「あれ?とーしろだが」
「おーっ、しげみでねーか」
「お札さなんぼ払えばいい?」
「500円ももらえばいい」




あとがきで目に付いたこのくだり。


以前、黒川能資料8という記事で紹介した戸川安章がここにも登場する。

戸川安章は鶴岡北高校の先生、教頭でもあった民俗学者。
山伏、修験道、出羽三山などについて多くの著作を残している。
なんと割と近年の2006年まで、100歳まで存命だったとは丈夫。




この物語を読んで一番印象に残ったのは山の奥からやってくる
「箕つくりしょだ」

実際に月山方面から平野にやってきて農作業や台所で必要な「箕」を
売ったり修繕してくれる人々がいた。なんとなくそういう人たちを見た
ような子供心にかすかな記憶がある。

「箕」とは、空中に扇いで豆の殻を分別したり、梅干の梅を干したり
する竹細工のみごと。つるで編んだようなものもあったか。





ミレーの絵にも登場するように日本だけじゃなく世界各国で使われている
のが面白い、欧米か!



ところで、藤沢修平でまだ読んでいないのはあと何だったっけ。
ばねが効いてキレのある端正な文章はもう増えていかないのが悲しい。  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(0)ミーハーな読書

2013年01月26日

「共喰い」 田中慎弥

「共喰い」

ご存知、2012年の芥川賞受賞作品を遅ればせながら読んだ。

作者は芥川龍之介、川端康成、谷崎潤一郎などを尊敬する純文学の小説家である。あの芥川賞を受賞した後の会見でふてぶてしい態度と挑発的な言動をしたのは、実は、選考委員であった当時の石原東京都知事が「候補作を一生懸命読んでいるのに今年の作品はバカみたいのばっかりだ」と言ったことに反発したという話もある。しかし、後日談で本人は都知事の話は聞いていないとも言っている。

そんなことはないだろう「断って気の小さい選考委員が倒れたりすると、都政が混乱しますので、知事閣下と東京都民各位のために…」なんちゃって言ってるのだから読んだに違いない。ただし、あとからの記事を読むとお互いがそんなに嫌ってはいないようだ。


他のインタビューなど読むにつけ彼の性格はいたって冷静で分析力鋭く頭のいい人なんだなあと思う。少なくとも受賞会見でのふてぶてしいイメージではなくもっと繊細でシャイでかなりまともな感性の持ち主のように思える。



彼の文章は端正で緻密で美しい。いや、受賞作の「共喰い」に限っていえばそこに表現されているものはどぶの匂いがする暗くじっとりした湿り気を帯びたものだが、文章は美しい。そして登場人物の心の移ろいの晒し方がうまい。この辺に芥川賞に撰された力量なのだろうかと思う。




そのはず、調べてみれば、二十歳から小説を書き始め、新潮新人賞をはじめ川端康成賞、三島由紀夫賞、野間文藝新人賞など純文学系の賞を軒並み受賞している実力。

ただ、受賞作の物語構成としては実に時間軸が短く小説も短い。ただせさえ薄い本なのに厚さの半分で表題の小説は終わり、次に「三期層」という小説が残りの半分で、ちょいと拍子抜けを感じてしまった。「長編でこそ真価を発揮する」とは石原前都知事も言っている。

暴力と性を描いた受賞作は読む方の気持ちを冷たい裏庭のドクダミの香りのような陰湿な世界に引きずり込み、少なくともハッピーな気持ちにはさせてくれないし、性も暴力描写もどこか僅かに架空感が付きまとい本気になれない部分を感じる。つまり総合的に言えば文章はうまく読みやすいし表現力はあるものの、テーマが小さく陰湿なので読み終えた後の満足度は少ない。今後に期待したいが母親とつつましく生きるニートな生活の中で大きな展望が開けていくのだろうか心配でもある。

本が売れてニートからの脱却、てきぱき働く美人な嫁さんでももらうが良い。いや、これは余計なお節介を言ってしまった。

書きながら少しこの作家に好感を感じている自分に気づく。



自分は本を読む時期は年間300冊はいくが、パタリと止まると2年くらい平気で読まなくなることもある。ある作家に興味を持つとしばらくその作家に夢中になるタイプ。図書館は利用しない。読みたいときに探して無いのがいやで結局買って読んでしまうから。読みたいけど、家に本が増えて置き場所がなくなるので困る。かといって買った本は捨てられない性分なので、買わなくなる=読まなくなる。でもそのうち、突然活字に飢えを感じ、読み始めると次々買い始める。そんな繰り返し。


本を物理的に増やさないために電子書籍にしようかとも思ってみたが読みたいものが電子書籍化されていないようだ。楽天もAmazonもまだまだ。結局メールとネットの道具になってしまうならモバイルPCがあるのでいらない。それにしてもスマホは中途半端だ。ガラケーに戻そうと思うこのごろ。2番目の娘がKindleを使い始めた。



そして、Blogに本のことを書くとアクセスがガクッと減る。
ひとつのBlogに多角形の話題を詰め込むのがいけないとは
知っている。でも、全部自分の趣味だ。
Blogをテーマごとに作ろうかと思ったこともあるがやめた。
いつものことだが嫌味のひとつも言いたくなるのである。

「若者よ 携帯見ずに 本を読め ゲームを捨てて 人と語らえ」

もいっちょ 

「本を読め ゲームのために パケット使うな!」  

Posted by とーしろ at 11:11Comments(2)ミーハーな読書

2012年03月17日

共同幻想論

フロイトが流行ったり。



吉本隆明

3.1 禁制論
3.2 憑人論
3.3 巫覡論
3.4 巫女論
3.5 他界論
3.6 祭儀論
3.7 母制論
3.8 対幻想論
3.9 罪責論
3.10 規範論
3.11 起源論

吉本隆明の幻想」とフロイトの「夢」

18歳のキラキラしたころ好きだった女も読んでいた

吉本隆明

何を読みとったか知らぬが、  ふられた。ろくなことが
書いてなかったに違いない。




小林秀雄・・



中上健次

枯木灘(1977年)
鳳仙花(1980年)
地の果て至上の時(1983年)
物語ソウル(1984年)
日輪の翼(1984年。NHKにより1991年にドラマ化)
紀伊物語(1984年)
野生の火炎樹(1985年)
十九歳のジェイコブ(1986年)
火まつり(1987年、映画化〈柳町光男監督〉のための書き下ろし)
天の歌:小説都はるみ(1987年)
奇蹟(1989年)
讃歌(1990年)
軽蔑(1992年、廣木隆一監督により2011年映画化)
鰐の聖域(1992年) *未完
異族(1993年) *未完   


未完のまま分厚い文庫本が宙に浮いている 押入れの上段

おれはどこから来て

どこにいこうとしているのだ・・・大和魂 日の丸弁当 
赤銅色の日雇い





(ワープしすぎか、あやまる)


あっ、電車に乗り遅れた
 
新橋に行きたかったんだ、  、、
  

Posted by とーしろ at 00:42Comments(0)ミーハーな読書

2011年11月07日

秋の夜長(読書)

本を読もう













あの新田次郎のせがれ、数学者にして作家の藤原正彦が言う

「人間の情緒の形成は本を読むことでしかなし得ない」




今のところ、情緒が形成された効果はとても薄いような気がするが






浅田次郎の展開の圧倒的速さ、しかけ、男の拘り、おもしろいっす



3日には届いていたジョブズⅡ

ジョブズの人となりは報道などから想像したのとある程度、いや、だいぶ違う。

読んで面白いということは買ってよかったということだ、高いけど。



読み終えれば、またナンプレが待ってる電車通勤。

やだっ、ナンプレより本が読みたい。



かといって  読んだ本の片付け場所が無い・・・


・ぽちっと押しといて頂戴


  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(6)ミーハーな読書

2011年10月28日

スティーブ・ジョブズⅠ



夕べ遅く帰ったら届いていた






先日の友愛という記事で書いた自分の意見はまあそのままだった。

誰でも知ってるとは言え。






もっかい言うが、ゲイツもグーグルもジョブズに半分払ってもおかしくないと思う。





この本はおそろしく高いと思う。 半分返せ! とは言わない。

2冊目をただにしてくれ。 とも言うまい、もう注文してあるし。

米国 電子書籍 11.99ドル=912円 ハードカバー 17.88ドル=1359円
ドイツ電子書籍 19.99ユーロ=2099円 ハードカバー 24.99ユーロ=2624円
日本 電子書籍 ハードカバーとほぼ同額 ハードカバー 3990円


もんくがあるなら英語版を読めだと。でも、翻訳にお金が掛かるってんなら、

独語版が日本語版の半額なのはどーしてだい?

講談社も講談社だ、馬鹿儲けしてこんなことでジョブスの功績に話題的に水を

注すなと言いたい。



本を読みすぎてここしばらく「ナンプレ」ばかりしているのだが

寒くなった夜長に本を読むのはとても良いことだ。暖かくなりたい。



・・ぽちっと押しといて頂戴

  

Posted by とーしろ at 07:05Comments(8)ミーハーな読書

2011年09月09日

下町ロケット

久しぶりの category 「読書」 人気がなくても書かねばならない使命感のようなものは
・・・無い



今回の本は、出張のたびに電車の中や駅の目立つところにやたらと宣伝が載ってるので
むりくり買わされた感がしないでもないが興味もあるからしてまあいいか。ロケットだし。

運よくというか、神の思し召しというか、この本の大きなテーマになっているまさにそのこと
が昨日、大々的に現実のものとなって報じられた。裁判のニュース




なんだ、ロケットじゃないじゃん・・・記事と絵が違う!
焦らないの、ぷくーーっとふくれて仕舞いに飛ぶかもしれないじゃないの。

あっ、これは切り込みの入ってないほうで・・(汗・・・





その切り込みがなければ餅は飛ばない

こっちの切込みがある方を最初に載せるべきだったのだがちょうどよい餅のふくらむ絵を
描いてあったものよなぁ、かっかっ
(1枚目のお絵かきは昔のBLOGより再現)
(のっけからこれでは何時になったら本題に近づくのだろう)

知的財産高等裁判所、どちらが先に発案し特許申請したか事実を確かめるのではないらしい。

裁判のテクニックと社会的信用度が大きく勝敗を分けるのだとか。裁判に勝つか負けるか
会社の存続、社員の生活までもここに掛けられる、、この辺がこの物語の肝。

餅の問題を持ち出したのには特に意味は無く、すべすべ感のない切り餅に興味は無い。
特許、知的所有権、裁判、このキーワードで「下町ロケット」のアウトラインが出来ている。

越後製菓もサトウの切り餅も相手を完膚なきまでに叩くか、はたまた適当なところで手打ち
とするのか、禍根を残さぬように、のどにつかえたりしないように・・では、これで。

おわってどーする、はじまってねーじゃん!。

切り込みがあってもなくても餅は飛ばない







種子島宇宙センターから国家プロジェクトであるロケットが打ち上げられた。
2段目に点火する直前あたりで技術者は軌道がずれ始めたのに気づく・・
失敗したロケットは太平洋上を音速で、   水平に・・飛ぶ
保安コマンド・オン
開発に長年かけた技術の結晶であるロケットが数百億の税金とともに海のもずくとなった。
(保安コマンド:ロケットを爆破すること、そうしないと危険)


こうして始まる物語は先のロケットを開発した技術者が、親の跡をついで小さな工場を
運営していくところから始まる。小さいけれど技術力はある。そこに、最初に書いたような
裁判沙汰が絡み、大きな会社と戦い、社員の反発や協力などもありながらなんとか乗り切り
仕舞いにまた国家プロジェクトのロケットに夢を乗せる物語である。

展開が速く、一気に読めてしまう面白さ。長岡に往復の新幹線で読んでしまった。


震災の後の復興がなかなか進まない、さらには極端な円高で国内でモノを作る意味など消し
飛んでしまうほどの逆境の中で、いくばくかの元気の元になればいいのだが・・・

この作家は文章がおそろしくうまいと思う。次の作品も期待したい。

ちょっぴり残念だったのは、後半のテーマである「バルブシステム」のこと。少しでいいから
主人公の開発したこれの何が優れているのかつっこみがあるとうれしかったんだが。
物語のムードを変えない程度のほんわかでいいから。

さらに惜しむらくは、直木賞をとってるのでこの本そのものが強気の価格である。円高で売り
上げのがっくり落ちている小さな有限会社の小間使い兼社長にはちと高い気がする。だって、
株式会社にするお金もないんだもん。




十年後、種子島宇宙センターから飛び立ったロケットが打ち上げに失敗した。
「原因は何だ?」
「所長、バルブに何か詰まってました」
「餅だ・・・」



餅は飛びそこねた・・・ぽちっと押しといて頂戴



節電.go.jp〈政府の節電ポータルサイト〉  

Posted by とーしろ at 05:47Comments(4)ミーハーな読書

2011年05月29日

藤沢周平に逢う





逢ったらなんていうんだ

サインお願いします・・・って?






周平記念館で買った本を撮った写真です、既出版物なので問題無しと。







「先生の字で 『佐知』 ってお願いします」  へへへ






原稿は、おそらく最期になったであろう取材旅行で米沢を訪ねた後に仕上げ、

亡くなった年に刊行された「漆の実のみのる国」  

Posted by とーしろ at 15:06Comments(0)ミーハーな読書

2011年05月21日

のぼうの城

最初に脚本ありきで後に作者自身が小説として書いためずらしいパターンの、現在120万部

売れてなお部数を伸ばし続けている大ヒット作品。 コミックとしても書かれている。





「のぼう」とは耳慣れぬ響きだが「でくのぼう」の城主(殿様ではない)を皆がそう呼ぶ。


これから読む人のためにblogにはあらすじを書かない主義。へたに書いて間違った先入観を

持たれてもいけない。

面白いのは作中の台詞、目上の人や上司に話すときは武士言葉なのだが、同等の身分の

人間に話す言葉は徹底して現代の言葉使いなのだ。それが主人公の性格の清清しさと

あいまってこの作品に一服の涼風を吹き込んでいるように思える。物語は痛快、爽快!



で、映画は完成し、今年の秋に封切なるはずであったが、・・・ものすごく残念なのだが、

なにせ、石田三成の軍勢2万がたった500人の兵で守るお城を、あろうことか容赦なく 

「水攻め」 にする大規模なシーンがクライマックスの映画であるがために・・・延期された。 



エンターテイメントである映画でそのような気を遣うことも・・・という意見もあったということだが

無理からぬ判断であるとは思う。



1年過ぎた秋に封切しても震災が映画にとって不運だったと言われない大盛況の映画で

あらんことを。

 ・・・ぽちっと押しといて頂戴

  

Posted by とーしろ at 10:24Comments(2)ミーハーな読書

2011年05月20日

プリズンホテル

 浅田次郎







読み始めて思い出したのは、若い頃の筒井康隆のスラップスティック系どたばたコメディ・・

と思いきや「ぽっぽ屋」とは違う一面を見せる浅田次郎の筆力を存分に味わえる作品。

(といいつつ人間味溢れる優しさの本流は共通か)



なにせ登場人物が活き活きしていて、欠点をさらけ出し苦悩をかかえながら乗り越えていく。

面白いので笑いをこれえきれず、ひとりで 「くっくっ」 なんてやってると知らない人から見たら

気持ち悪いオヤジだ・・・はなれとこ、 電車の中でふと顔をあげると半径5mに人はいなかった。

なあんてシーンがあるやもしれぬ痛快活劇任侠人情渾然一体小説。



KAWASAKI ダボワンスペシャル なんて聞くと  血が騒いじまう  やべぇさ加減

キャプトンマフラーの響きがたまらねぇ   ってのを思い出し


 ・・・ぽちっと押しといて頂戴


  

Posted by とーしろ at 18:00Comments(1)ミーハーな読書

2010年10月11日

時代小説書評 辛口

事務所で仕事をしていると自分の机の近所にどなたか読んだ文庫本が山積み。

全部時代小説で特に作家の誰かがたくさんというのではなく不特定に2百冊以上。

その持ち主は以前、一度読んでしまうと捨てていたのだが、彼が事務所に戻ると

気の利く人が「もったいないので誰か読む人あらば・・ここに置きましょう」

「賛成!」 とあいなりました。






びっしりあれば50冊の2列2段で2百冊ほど  無名の「貸し出し文庫」

我らが藤沢周平をしこたま読んだ後で口汚しになるこたぁ承知の上、毎日読む。

1週間で10冊、内訳は  Weekday 毎日1冊、 土日で5冊。 

300から400ページの文庫本は 「面白ければ」 帰りの電車、寝る前の30分

年寄りの朝はよ30分くらいで読み終え。  つまらなければ5分で焚き物。



面白い作家、シリーズ、連続物、楽しめる有難さ。

ところがたまに「おやっ?」と思う本(作家)あり。流行とばかりに

沸いてくる勢いに紛れてあきらかに筆の力の足りないものが少なからず。

展開の不明、時間軸のでたらめ、台詞言葉遣いの短時間でのずれこみ、情景を、

書いてる本人も描けてない、稚拙な書き込み不足以前の想像力の欠落・・あ~あ、

最初は「?」  前後を読み返す、時間を置いて何度も、・・やはり変だ。

それに当たると2日くらい「読み」が止まります。少し以前の有名なテレビ時代劇の

原作家がまさにその中に入ってるのには おでれーた。ほんとにへたくそで読めなかった。

気の利いた脚本家がまともな形にまとめだろう。 作家がだれかは言うまい。

他に数人見つけた、「もしや」と思って複数読むと「やはり・・」。

溢れるほどの流行りモノ「時代小説」の氾濫のなかで誰を呼んではいけないか

残念ながらわかってくる。つまらん物を出版する奴は「手打ち」じゃ。読み返せば

だれでも「?」と思うだろうに。



流行りモノでも面白い作家はぐんぐん読む。エンターテイメントとして。

「通勤時間の箸休め」




「2太郎1平」とか以前から時代物、歴史物で名の知れた作家はやはり違う。

教えられることばかり。





「さぬきうどんくいてぇ」ともう一回   思ってみたり・・・ぽちっとな 
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Posted by とーしろ at 19:57Comments(0)ミーハーな読書

2010年05月01日

1Q84

藤沢周平 記念館がオープンするころ、あと数冊で出版された作品を全て

読み終えるのに、手元の未読の2冊を尻目に

浮気を試みる





物語りもキーワードも「これから」の人のことを思えばひとつも書かず

ひところ、「3部作」と呼ばれる長編などはあらかた読んだワンダーランド

しかし、この本を読みこなすには少々下準備が足りないことを気づかされる

少々ではすまないかもしれない、読んでない本は無数にある。そうしたことに

困らずに生きてきたことも然りなのだ。世の中の本の0.0000何パーセントを

読めたって言うんだい。


村上春樹も真空管でJAZZを聴くらしい、それもかなり  そうとう  とても強く 


「俺の音を聴け」ってか・・・・



久しぶりの大作に「いくわよっ!」って言われてる気がする。



ねじまき鳥や羊はいまのところ出ない・・・ポチッとな


予約掲載中  続きを読む

Posted by とーしろ at 17:05Comments(6)ミーハーな読書

2010年03月31日

しおりから石橋家

読みたいものを古本で入手すると時として面白いことにめぐり合う。

以前、「黒川能」の資料もそういうことがあった、著者の直筆サイン入り。

著名な人への贈呈本(売っていいのかという部分はつっこまない)流れ品。

今度は別に騒ぐことではないがしおり替わりにチケット半券がはさんであった。




はさんであったのは、青春の門 「挑戦篇 上」 

チケット半券の裏




1993年8月・・・この本の持ち主は(あるいは読んだ人は)時代に敏感に

発行されたばかりのこの単行本を読んだようである。

で、問題はこれからだ。 

この美術館はブリヂストンの創業者である実業家石橋正二郎の収集した

美術品を展示するため、1952年、 京橋のブリヂストンビル内に開館した。



なぜ、石橋家に興味があるか・・・・

ロックオヤジならよーく知っている「成毛 滋」の家系だからだ。

大学時代から朝吹誠と高橋信之(幸弘のアニキ)一緒にフィンガーズと

いうバンドし、後につのだひろ、柳ジョージなどとは日本のロックの草創期

に活躍。フィンガーズのドラムは朝吹誠、後のYMO高橋幸弘は朝吹誠から

ドラムのテクニックを教わる。

グレコのエレキギターが本物のレスポールより音がイイという伝説は成毛の

開発協力ではじめてなし得た。

成毛のソノシート、カセットでロックギターを練習した輩が日本のロックギターを

支えてきた、ロックギターテクニックの大先生だったのだ。

ちなみに、フィンガーズという先進的なロックバンドの熱狂的ファンだったのが

当時中学生だったユーミン。・・・スゲー話だ。


YOU YUBE で、もう、故人になっちまった成毛茂のギターは聴ける。



石橋家・・・・その家系図はこうだ。




紙幣の図柄や現職総理大臣や歴史に名を残す偉人がズーラズラ。

鳩ちゃん兄弟とはお母さんが姉妹だ。

ちなみに成毛滋の妹は有名な漫画家。

なんちゅー家系だ。目がくらむので何も言わずにこの項を閉じる。



もすこししっかりして欲しいよな、血統はすごいんだから・・・・・ポチッとな
(あーあ、話題がズレちまうじゃねーか)
(雪道も キラリ輝け ブリジストン)
  

Posted by とーしろ at 21:57Comments(2)ミーハーな読書

2010年03月28日

義民が駆ける

藤沢周平を読み続けておおよそは読んだつもりでいても、出張の傍ら東京駅などで
(住まいの近所は本屋が全部つぶれました。漫画と雑誌しか売れないからです)
本屋に寄るとまだ読んでいないタイトルを見つけ、つい手にしてしまう。



「義民が駆ける」
天保11年(1840年) 庄内藩主8代 酒井忠器(ただかた)の時の三方国替えの際に
その理不尽な沙汰に抗い、勇気ある反逆を行った民百姓の話である。






話は、庄内、川越、長岡の三藩の藩主に対して、水野忠邦を筆頭とする「三方国替え」
を進める幕命が下りたことに始まる。内容は、荘内藩14万8千石の酒井忠器(ただかた)を
長岡へ、川越藩15万石の松平斉典(なりのり)を庄内へ、長岡藩6万8千石の牧野忠雅を
川越へ移封するという。

しかし、元もとの命令の発端が、財政難な川越蕃の大奥を通じた賄賂で成り立つ話ゆえに
、特に大きな損失を蒙る庄内蕃は承服しかねる話だった。庄内蕃は14万8千石といいつつ、
豊かな土壌の平野を持ち、実質20万石はあるはずだった、が、移封すれば石高が1/3に減る。
民百姓は移動するわけではないが今まで長きに渡って親しんだ殿様を失い、違う殿様の
新たな厳しい年貢取立てに不安を抱く。

国替えを命じられた庄内藩は、藩主酒井忠器、藩首脳、酒田の本間光暉、遊佐郷升川村の
佐藤藤佐(とうすけ)らが善後策を練る中、遊佐荘「玉龍寺」住職、文隣和尚をはじめ
庄内藩の農民たちは、「百姓と雖も二君に仕えず」と打ち首獄門を覚悟の上で、筵旗を
掲げて江戸に上り、諸大名や幕府役人に直訴を試みる。




・・・・幕命である三方国替えは変更になるはずはなかった・・百姓たちに焦燥感が漂う・・・
・・・・しかし、大逆転が起こる・・・・

当時の江戸町奉行は矢部駿河守だった。佐藤藤佐翁は取り調べで、三方国替えの間違いを
訥々と説明した。矢部駿河守はその訴えの誠実さに感激し、その口述書をとり閣議の席で大
きな声で朗読し、藤佐(とうすけ)の取調を停止、農民等に有利な裁決を下した。

三方国替えは中止、今までの領地は替えずに済んだのである。鶴ヶ岡城下でも酒田市中でも
民/百姓も安堵の酒を大いに酌み交わし喜んだ様子が地鳴りのように伝わる。
矢部駿河守は幕府の意向に従わなかったとして、天保13年、伊勢桑名藩松平家に幽閉され、
断食で抗議しながら逝去した。庄内藩は危機を脱し、その24年後の元治元年(1864年)
には、江戸市中警護の功績により2万7千石を加増された。

遊佐町江地の「玉龍寺」には其の碑があり、農民や矢部らの正義を貫いた行為に感謝し、
その勇気を讃えた「戴邦碑祭(たいほうひさい)」が毎年行われ、この幕府をも動かした庄内農民
の熱き血汐は、今に受け継がれている。


余の所には届いておらんようでもある。ワルイことも少しは好きである。


小説として「面白いからお奨め」とは言わない。けっして「面白く」はない。
人の名前が多く登場し、坦々と時系列で話が進み、エンターテイメントな部分は全く無い。

面白いのは、藤沢周平がこの本を書くにあたって、歴史を調べていて、我々が日本史を
学んだ先生の著書から大事な史実をつかんでいる点である。巻末の藤沢自身のあとがきに
名前が出てきたので改めてその先生を思い出した次第。

いつかのblogに紹介した 「名を変えよ 高野の奥の 女郎花」 と読んだ先生がそうである。



ここで、思う。先にblogに書いた「青春の門」などで常に物語の中に見え隠れするのが強きもの
に屈しない男の強さ、己を犠牲にしても弱きを救う英雄的な「おとこぎ」だったりするのだが、どちら
かというと北九州のそれ(血気盛んな男っぽさ)と、この史実に基づいた文章
から受ける庄内の民/百姓の勇気(肝の座った静かな反抗心)とはだいぶ性格
が違うようでもある。土地柄も地理的状況も影響しているかもしれない。
良し悪しではない。目立ちカッコイイのは九州の男っぽさだろう。庄内の民は寡黙で目立たない。

藤沢周平「義民が駆ける」を読み終えるかどうかの時に、青春の門の「再起篇」「挑戦篇」が届き、
異質なる「おとこぎ」に同時に接したから思うことなのだが・・・・はて・・・


同時期に読むと目立つ
藤沢周平の文章の端整、眉目秀麗
五木寛之の疾風のような展開の速さ





もうひとつ全然別なこと 
パナのコンデジで「iAモード」で撮るとモノクロのイラストでも「顔認識」が効くオモシロ。




やっぱり織江が気になるバレバレ・・・・・ポチッとな
  

Posted by とーしろ at 16:26Comments(0)ミーハーな読書