2015年04月30日

善光寺

牛に引かれて善光寺 御開帳 





回向柱は前立本尊と結んである ご利益の分配





秘仏はだれも見ることができないという。見ることができないなら「歩かないか」もわからないのでは?  いや、「有るか無いか」

秘仏の代わりに「前立本尊」が7年に一度ご開帳される。







朝4時起きし、5時の「お朝事」に間に合うように牛に引かれて行きました。






お朝事の後、石畳に膝をつき数珠を頭にいただいてきました。

これで今年のオヤジの運勢はエネルギー注入です。



ゼンリツ本尊と読むのではありません。

ご利益が逃げてしまいます。




  

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2015年04月30日

コジロジオットサン

長野市の中心部、繁華街にあるバー

『コジ ロジ オットサン』






マスターが一人で料理もホールもやっている。

2階席だったのでほとんんどマスターと話が出来なかったが

店は週4日開店。他の3日間は畑を耕し、燻製を作ったりパンを焼いたり、
仕込みに時間をかけてるのだそう。

桜のチップは桜の木を切るところからだと。





自家製のビーフジャーキーやイノシシのスモークはとても美味しい

深く 香しい 長野の夜は 静かだ

国産 地ビールの傑作 数種類

竹鶴ピュアモルト17年

サントリー山崎12年




信州のそばなら何時でも食える

たまにこんな夜も良い

さて、ご開帳でも観てくるか  

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2015年04月29日

「GW旅 信州編」

恒例のゴールデンウィークの旅です。


朝、3時起き  4時出発で久しぶりにユーミンを聞きながら中央フリーウェイ


事前調整の打合せは談合坂から諏訪湖




すわっこランドに変な自動販売機





面白い!  何に効くというんだろう。





松本城は運よく、実際の戦場にならずに済んだそうです。いかな世でも殺し合いは不毛です。




今日は我々が運良く「砲術披露」を見ることができました









庄内藩の砲術の伝統を受け継ぎ守っている人を知っています。城下町には結構あるようです。





国宝 松本城は天守閣まで登ってきました。休日で大変混雑していました。


階段の踏み幅と蹴上(けあげ)寸法が極端に急なので小さなお子さんやお年寄りには向きません。ここでは「バリアフリー」なんて言ってられません。戦場なのですから。それとスカートの女性も大変なことになります。







松本城とアルプスの山々













今日は最後に「わさび田」を見て長野のホテルにたどり着きました。

明日は「やぎに引かれて」  あっ、それはカルメンマキじゃないか、
もとい 「牛に引かれて」




















  

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2014年10月28日

金沢の旅 猫の留守番

楽しかった旅も今日で終わり、お家に帰らねばなりません。

朝風呂につかり、朝ごはんをいただく。バイキング形式の朝食は
品数豊富でどれもに美味い。庶民はこういうとき少し食べ過ぎる。

ニュースで台風情報を見れば上陸したと言っている。
進路を北東に変えてからジェットコースターのようにスピードを上げる。


本来の計画なら輪島の朝市を目指すところでしたが、この天気では
朝市のおばちゃんは店を出せません。往復の距離と金沢に帰る時間を
考えれば計画を変更し、能登島のガラス美術館を見て一路金沢へ。

「あえの風」を出発しガラス工芸美術館まではまだ曇天だったが、金沢へ
向かう高速道路では大雨。風はまだ大丈夫だった。

金沢に到着しレンタカーを返却する。キズは無し、フロアマットに少し砂。
セレナの高速、一般道を含めた総合燃費は12kmだった。
ミニバンに6人乗車、荷物そこそこいっぱいとしてはまあまあか。


駅ビルで列車の運行状況に注意しながら土産を買う。弁当を買う。
おとうさんはもう車に乗らなくてよいのでお酒も買う。

台風で金沢駅から関西近畿方面に行く電車はすべて運行中止という。
なぎさドライブウェイで写真を撮ったカップルは帰れずにいるんじゃないかな。

幸い、と言っては申し訳ないが、東側に帰る僕たちの電車は遅れも無く。
なんとか無事に帰れそうだ。


何が気がかりか・・・ごもくがひとりでお留守番。











東京駅に着き、京葉線でいそいそ我が家に。

猫が出迎える

「おかえりにゃー・・・」





二つ用意したトイレは大と小を使い分けていた

3日分のご飯は空っぽだった

ごもくのためじゃない貝の乾燥したやつが入った袋に格闘の跡があった。

それはおれのつまみだ!

他に特に乱れたところは無い。案外おりこうさんにお留守ばんができたようだ。




旅行先でごもくの様子が見られるように準備したライブカメラは娘らの言葉で
動作させなかった。

『旅先でごもくになにかあっても帰れないんだから見てもしょうがないじゃない』

ところが旅先では

『おとうさん、あんなに見られるように準備してなんで動かさなかったの』 だと。

『うるへー』



皆でなんども話し合った。
この猫の性格を考えると見ず知らずの猫のホテルに預ける選択肢はなかった。


捨てられたと思って泣いたか・・

ごもくの声が少し枯れていた
  

Posted by とーしろ at 12:00Comments(6)ネコ

2014年10月26日

御陣乗太鼓 「あえの風」





「達磨」はインドの高僧

衣装は橙色です







旅の最後は「あえの風」に泊まりました。

和倉温泉にある「日本一のおもてなし」で有名な『加賀屋』
我が家はその姉妹旅館の『あえの風』をチョイスしました。




建物の造りが本家『加賀屋』ほど豪華ではないという以外は同じ行き届いたおもてなしという。
近くにある本家「加賀屋」にも無料バスで送迎してくれるし加賀屋のお風呂にも自由に入れる。



(次回は本家「加賀屋」に泊まってやる)




チェックインの後、広いラウンジでひと息。






露天風呂でゆっくり旅の疲れをとりお楽しみの夕食タイム




シアターダイニング「饗」 上の写真だけは旅館のHPから拝借しました。 会場はそれなりに広いのだが席に着いてみれば満席で椅子の後ろは余裕無く、従業員の人たちは忙しく働いており、カメラを持ってうろちょろできる状態ではなかった。おとなしく自分の席でゆっくり楽しもう。




どこまでが一人分かしら。 幅が収まりきらない。火を使う料理はふたつもあるし。
旅館からお祝いの一品、金の水引の乗った料理がサービスされ。




おしながきでどれがどれだか見てもらうことにする。















さて舞台に目を移せば 「ショータイム」




きれのある踊りは 「雪月花歌劇団」 







伝統芸能 「七尾まだら」  ぴしっと芯の通った所作の美しさ




九州の馬渡(まだら)島で発祥した漁師の歌 「まだら節」 が海を渡り能登に伝わった。
白川郷の隣にある五箇山では「麦や節」となり伝承されたと。




おまちかねの 『御陣乗太鼓』







異様なテンションとインパクト



基本の太鼓に、ときおり見栄をきってから太鼓の胴に強烈な一撃をくらわす独特

「どどどどどどどどどどど・・・・・・・・・ぱっきーーーーん!」

「どどどどどどどどどどど・・・・・・・・・すっかーーーーん!」 

太鼓の胴には雪平鍋のごとく無数のへこみが出来ていた



上杉謙信が能登を攻めてきた折、武器を持たない地元民が敵を追い払うために考え出したいう太鼓は命を掛けた「戦い」だった。




基本のリズムに対し、時おりくわせる一撃も、迫力の連打もリズムが見事に調和しているのがわかる。 「ぱっきーーーん」 も 「すっかーーーん」 も 「どどどどどど・・・」 の頭に一寸の乱れなくそろっているのだ。

異様な姿の構えからいきなり振り向きざまに横っ腹を叩くのにこの調和は見事だ。伝統芸能としての形を紡ぐだけでなく太鼓本来の打楽器としての鍛錬も相当積んでいるのだろう。






迫力伝わる素晴らしい太鼓です。良いものを観させていただきました。

舞台を引き上げお辞儀をした時の彼らはすっと「素」に戻った。





さて、締めのご飯、汁物をいただき



デザートはわらびもち 栗 白玉 おなかはちきれそう








部屋に帰る前に担当していただいたおにいさんが写真を撮ってくれました。



明日はごもくがひとりでお留守番してる家に帰らねばなりません。

台風19号を気にしつつほろ酔い加減でぐっすり寝てしまいました。

  

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2014年10月25日

金沢の旅 洋菓子

JTBに決めたときからおかんの組み立てた旅のイメージには折り込み済みだったのだろう。
クーポンが使えて様々なサービスが受けられる。兼六園のお昼ご飯もそうだし、女性には
もっとうれしいのが・・

なにかって、金沢周辺、七尾市和倉温泉周辺のお菓子屋の食べ比べ。

6店のお菓子を6人分選んでいただけるサービス。オヤジは人数の中には入ってるが・・

潮風をたっぷり吸い込んだおなかに甘いものを澄め込み中和しようという大胆な試み。

ええい、ままよ!





時間的に金沢では叶わず。和倉温泉のお菓子屋さんからチョイス。

ル・ミュゼドアッシュ 辻口さんの店  なんちゃらドーナツ

シャールベルベ パンもスポンジ系もうまい スポンジケーキ

アンリス 抹茶シューが大人気だが既に売り切れ なんちゃらのクリームシュー



 
辻口さんのYUKIZURI (意味深なネーミング) はこのあと到着したホテルで自由にいくらでも食べることが出来るのだがこのときはまだ知らず・・・お買い求めしちゃった後の祭り。

それぞれの美味しいお菓子は写真を撮ることも無くオヤジの目に留まらず消えてしまった。

3種のお菓子のうち、オヤジの口に入ったのは一部なのだが、ウマかった。おれの分まで食った女がいるはずだ。

朝早く金沢城をしこたま歩き、トンネルをたくさんくぐり白川郷まで運転し、展望台に上り下り。砂浜ドライブウェイまで走らせたオヤジはお菓子屋さんをぐるぐる回り、日本一の姉妹店の旅館に着いたときには・・ほぼ電池が切れていたのでした。

ヘロヘロ

しかし、おかし、かかし、「YUKIZURI」 というお菓子は七尾生まれの辻口パティシエが兼六園の松の枝を雪から守る雪吊りの縄をモチーフにしているのであのデザインなのでした。と、一週間前のBlogにちゃんと繋げる気遣い。

オヤジは少し 「ゆきずりの恋」 風味みたいなドキドキ感の香り的雰囲気を わずかながら 感じてみたかった  だけ。

なにゆってんだか。


「縄」をモチーフにした  「HIKIZURI」 なんてお菓子、 売れねーか。

さて、旅の締めくくりに向かって  GO!






  

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2014年10月21日

金沢の旅 千里浜なぎさドライブウェイ

砂の道路を走れるところが日本に一箇所だけあるそうな

その名は 『千里浜なぎさドライブウェイ』

能登半島の西側

白川郷から東海北陸自動車道を北上し(来た道戻る)金沢の近くからかほく市
に抜け、羽咋市に向かう。ただし、暗くなる前に和倉温泉に到着したい。


「う、海だ」




オヤジは今日一日で結構な距離を走る。・・そうでもないか。



カーナビになんて入力したか忘れたがなぎさドライブウェイに連れてってくれた

釣り人も波と遊ぶ家族連れもいる。


砂地の道路ながらバイクも自転車も走れるらしい。

どこかのバカたれがエンジンの回転数を上げオケツふりふりドリフトしながら走り去っていった。周りに迷惑をかけないなら楽しそうではある。







声を掛けられ振り向けば、突然カメラを渡され若いカップルから写真を頼まれた。

「どちらから?」 ぱしゃっ

「姫路です」

「台風が心配だけど今のところ大丈夫ですね」

「もう一枚」 パシャッ

「ありがとう」

「お気をつけて」


我々も今日の宿に向かうことにする

夕日を眺めてからでは目的地に到着する時間が遅すぎるってか。

パティシエの お菓子を 3軒食べ比べ  

出来るらしい女の気持ちは何時も食い物。 やれやれ






オヤジは右手にカメラリモコン

我々をサポートしてくれてる日産セレナも一緒に撮ってやればうれしかろうぜ

考えてみれば全ての行く先はカーナビに連れてってもらってる。便利な世の中だ。

デュワーーーッ

こいつら裸足で遊んでレンタカーのフロアマットを砂まみれにしちまいやがった  

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2014年10月20日

金沢の旅 白川郷

12日、心配した台風19号の影響は北陸まで届いていないようで暑いくらいの快晴。金沢城公園を突っ切り反対側から歩いて帰ってきたのでかなりの距離を歩いた。

ホテルの朝食をしっかり食べ一路白川郷へ。

途中、長い長いトンネルをいくつも通り白川村へ到着した。

村内から離れた場所の駐車場に誘導され、そこから村内の診療所まで、無料バスで送迎するシステムだ。最初に行きたいと思った展望台へは別途有料のバスでも行けるが待ち時間も長い、元気があれば歩ける距離だと言う。郷に入っては郷に従え。





多層民家の茅葺。






有料で内部を見ることができる和田家




展望台までゆっくり上り坂







展望台からの眺望






雪深い季節はどんな景色だろうか







村中をゆっくり散策し「どぶろくアイス」(これがうまい!)を食べ







足湯に浸かって少しさっぱりして




さらに和倉温泉に向かうのでありました

この日12日の歩数計は1万2000歩、とおもいきやなんと11日は15000歩歩いていた。  

Posted by とーしろ at 06:23Comments(2)

2014年10月19日

金沢の旅 石積み

最初はこれ





これでも相当な感性と熟練が必要と思う





ここまでどうして出来るのだろう、面の「つらいち」だけでなく奥行きまで・・なだらかな曲線の意味





カッターも研磨機も無い時代になぜこんなことができるのだろうか・・あんぐり


天守閣の石垣の四隅は大抵こういう淒技で出来ている。震度6でも崩れない知恵。





曲線の数学的・・力こぶ





江戸城跡を見たときも、姫路城を見たときも。


  

Posted by とーしろ at 23:00Comments(0)

2014年10月19日

金沢の旅 その4

12日、金沢に美しい朝がきて





冷たい石垣に朝日が当たる頃・・





月は隠れそびれた恥ずかしさを漂わせながらようよう白く消えゆき


プロジェクトマッピングの名残は大きな装置に朝露を残しつつみじかびの





終わってしまった賑やかを悔やんでもきゃぷりきとれば人間マッピング





シャッター押してくれそうな人が周りにいないのでリモコンで写真撮ろう





ひとり長女が起きてこないすぎちょびれ


もうホテルに帰りたいんだけど、うちらの車はどれだっけ?





日産だからこっちよ





・・でも、セレナじゃない・・あれ?


近いから歩いて来たんじゃない、こんな古い車うちのじゃないわ!


この日、金沢城で「クラシックカー」のイベントがあるのでスタッフが朝ミーティングの後、超忙しそうにと働いていました。ぼ、ぼく達は迷惑にならないようにロールスを片付けました。セドリックも。


今から朝ごはんを食べて、長距離移動するのです。


このときまだ、金沢のきりっと冷えた空気は朝 6時半。


はっぱふみふみの飛騨山中へGO!
  

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2014年10月18日

金沢の旅 その3

金沢の大人気の居酒屋「いたる」で晩飯を食べた我々はバスに乗り夜の街へ。
ところがその日、金沢城でプロジェクトマッピングが行われており市内の交通は大乱れ。

バスは定刻になってもなかなか来ない。
30分も待ってからやっと周回ライトアップバスに乗れた。やれやれ。

そして我々が向かったのは東茶屋街








一杯やってきた仕事帰りのグループが薄暗い小路を抜けてどこかの茶屋に消えていく









加賀百万石の夜は更けゆく


  

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2014年10月17日

金沢の旅 その2

金沢駅に着いて最初に行ったのは日産レンタカー。
手続きをしているとお姉さんがにこにこしながら 「ご希望の喫煙車をご用意しています!」と元気良くのたもうた。
タバコを吸う人であってもわざわざ積極的に喫煙車を頼む人が世の中にいるのだろうか。

「?? あの、希望は禁煙車で、6人乗りはラフェスタの喫煙車しか無いといわれてしぶしぶ了承しただけなんですけど・・・」
「調べます・・・・あっ、ありました。禁煙のセレナ」

世の中、案外うまくいくものだ。ラフェスタは荷物を積むのにどんな苦労をするのかと思っていたが、セレナならまだ空間が大きい。スペースギアロングには遠く及ばずとも。それも10000Km走っていない新車みたいな車だった。

昼食を予約している兼六園の中の店を目指してGo!

泊まるホテルはすぐ近いのだがそこに車を置く時間がないので兼六駐車場に直行。店に直行。



割とおとなしい昼食ではあるがJTBで組んだ旅程から、自分で予約すれば無料でいただける昼食。ガイドのお姉さま方の拠点にもなっているこの店はなかなかしっとりとお客の対応をし、土産物屋の売り方も押し付けせず好感のもてる観光地の余裕というものがありました。金粉入り抹茶梅昆布茶もものすごく美味しく。こういうところならまた来てもいい。



ガイドさんの説明のおかげで今まで知らなかった兼六園のいろいろを楽しむことが出来ました。11月になると恒例の雪吊りが始まるそうです。金沢の雪は湿って重いので支えてあげないと松の枝が折れてしまうのだと。
「折れてしまったらどうするの?」
「松葉杖で支えます」


ここですぐ近いところのホテルにチェックインし、今度は徒歩で出直し21世紀美術館へと繰り出すオヤジ達ご一行様でした。

21世紀美術館は展示物のほとんどが撮影禁止です。



その中で斬新なパフォーマンスが作品として展示というか演じられていました。




次にそこから歩いて数分の居酒屋に行きます。





しろえびのから揚げ、れんこんの茶碗蒸し、



錦織に言われるまでもない 「のどぐろ塩焼き」

『いたる本店』 次々客の訪れる大人気店でした。

旅の初日の疲れもあり適当に酔い、腹いっぱいおいしいものを食べた後はバスに乗り「東茶屋」へ向かうのでありました。

続く・・・・
  

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2014年10月15日

金沢の旅 その1

連休に家族旅行をしてきました。

全員そろって田舎以外には行ったことがない我が家ですが私の節目の年ということもあり半年前から計画し、娘たちの協力で金沢・能登方面へ。JTBに相談して現地まで電車の移動、旅先はレンタカー、宿は評判の良いところをチョイスしました。

まずは新幹線と在来特急を乗り継いで金沢駅に到着。



新幹線の開業が待ち遠しい北陸です。

出発前は、台風18号が過ぎたと思ったらすぐに19号が発生しどうなることかと思いましたが、11日と12日は大丈夫そうです。なんとかぎりぎり帰りの13日まで持ちますように・・電車が止まりませんように・・祈りながらの旅でした。





まずお馴染みの「兼六園」内で昼食いただき、ガイドさんのなめらかな案内を聞きながら園内を散策。





金沢・能登は18歳のときに一人で回って以来です。さて、どんな旅になりますか。
  

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2014年09月27日

上杉 米沢 キャロライン

ねぇ ムーミン 米沢行って

ムーミンどころかキャロラインも来ちゃいました。


人生の折り返し地点を過ぎ初めて米沢に行きました。たぶん去年も猪苗代湖から庄内に向かう際に通過だけはしたのですが街の中に足を運んだのは、上杉博物館に行った今年9月が初めてです。ねぇ、ムーミン。

大河ドラマ 『天地人』 直江兼次を主人公にしたドラマが比較的記憶に新しい。



米沢に上杉家が移封したのが景勝の時代。切れ者 直江兼続が強力に補佐していた時代。






上杉景勝は越後の虎「上杉謙信」を家祖とすれば2代目、上杉宗家(重房を初代として)は17代目。戦乱の世を越後から会津、会津から米沢と領地を替えてきた。




謙信に子はなく、甥(謙信の姉の子)である景勝が跡を継ぐ。景勝の正室はなんと謙信と生涯を通じて戦った武田信玄の娘「菊姫」。戦国の世はすさまじいものよ。

豊臣秀吉が亡くなり徳川がのさばってきた時に逆らった上杉家は紆余曲折しながら会津から米沢に移動させられ石高が大幅に減ってしまう。

石高が大幅に減ぜられたのに藩士は90万石も120万石もあったときの規模を保っていたために藩の財政は困窮を極めた。そして米沢上杉8代上杉重定という藩主が政治を行わず贅沢ばかりしていてこれまた財政難をいっそう深める。

そこで9代目、上杉治憲の登場となる。
日向高鍋藩主・秋月種美の次男で、母は筑前秋月藩主・黒田長貞の娘・春姫。母方の祖母の豊姫が米沢藩第4代藩主・上杉綱憲の娘である。このことが縁で、10歳で米沢藩の第8代藩主・重定(綱憲の長男・吉憲の四男で、春姫の従兄弟にあたる)の養子となる。

謙信のときから上杉家の相続は男系ではなく女系で繋がってきた経緯がある。養子縁組が多い。日高といえば今の宮崎県。

治憲(鷹山)は大胆なリストラと大幅な倹約、新しい産業の創造、育成と藩の財政立て直しを断行する。




どこの藩主もいくら苦しくとも自分の着物は「絹織り物」が当たり前だが治憲は自ら木綿の着物で江戸城まで上がったらしい。我が藤沢修平の「漆の実のみのる国」を読むといくらもがいても苦しくて苦しくて楽にならない藩の財政立て直しの様子が描かれている。読む方が胸の苦しさを覚えるほど辛く切ない奮闘振りが痛い。



しかし、鷹山は先代の重定の大事にしたものはいくら苦しくとも手を付けず、例えば能道具などはむしろ大切に扱ったとのこと。器の大きな人だ。今こそ上杉鷹山のような政治家が日本に欲しい。

『伝国の辞』

一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれなく候

一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれなく候

一、国家人民のために立たる君にし君のために立たる国家人民にはこれなく候


「国家」の意味が述べられた当時と違うかもしれないがそのまま今の「国家」に当てはめたい。

米沢藩中興の祖である鷹山は、現在の米沢市民にも尊敬されている。その例として、他の歴代藩主は敬称なしで呼ばれることがあっても、上杉鷹山だけは「鷹山公」と「公」という敬称を付けて呼ばれることが多い。


かつて、ジョン・F・ケネディが最も尊敬する政治家として名を挙げた「上杉鷹山」。その記録は残っていないという説もあったが娘のキャロラインが明らかにした ” 父が尊敬する日本の政治家は上杉鷹山、善政と公益への献身を賞賛していた ” と。





上杉家は相次ぐ減封により規模を縮小させたが、越後春日山から持ち込んだ上杉謙信の遺骸を漆で密封した甕を米沢城の本丸内に安置し、謙信崇拝に基づいた誇り高い士風を守った。



米沢は上杉の気風堂々、伝統と調和を重んじる素晴らしいところです。また行かねばなりません。
















  

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2014年09月13日

トーベヤンソン

柄にもなくムーミンの原画を見ています

展示会はどこも共通ですが写真撮影禁止です。

ムーミン公式HPの絵から



トーベヤンソン生誕100年記念の展示会は全国をゆっくり巡ります。

法事で鶴岡にいくときにちょうど米沢で「ムーミン展」が開催されるというので、おかあちゃんが是非観たいと。そういえば、米沢の街中を見ることがはじめてなような気がします。上杉を含めもっと米沢のことを勉強する必要があります。漆の実る、、上杉鷹山の倹約、知恵、財政建て直し、伊達政宗。直江兼続。それに 「つったいラーメン」 さらに 「牛」。


ムーミンの挿し絵はほとんどがペン画のモノクロです。
それもとても小さなサイズが多い。独特の世界観を持つ小さな絵に込められたもの。

こんなふうに接するとまた違った印象を持ちます。



展示の最後にあるジオラマは写真OKです



ムーミンが出版された年に私は生まれたようです。

私の体型はムーミンに似てません。アシカラズ。

とーしろオヤジ@上杉博物館  

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2014年05月04日

大仙市仙北民具資料館 餅の館 その3

大仙市仙北民具資料館 餅の館 のラストです

角館の枝垂桜を見て泊まった宿の隣で偶然とはいえとても素晴らしい展示を見せていただきました。さらに案内していただいた佐藤さんは「曲り屋に火を熾しますので上がっていってください」と。





宿の駐車場から最初に見えた 『餅つき道場』 の建物のことです

中に入ります



展示してあった民具とおなじ物がたくさんありました

上を見ると見事な梁









木が豊富にあった時代には当たり前の物かも知れませんが、失ってからは求めても叶わぬ材料です。それまでの1000年2000年は失うことなく連綿と受け継ぎ小出しに使えた材木は、昭和の経済発展のときに金を求めてわずか2,30年の間でりっぱな広葉樹が一気に全部切り倒され消費されてしまった。こんなときにまた、清和教授の本を思い出します。






さて、曲り屋の室内です。








これらの建物は「ふるさと創生」の折、3200万円で移築したものだそうです。そう、あの竹下元首相の一億円ばらまきのことです。市町村によっては金の飾り物を作ったり、若者が宝くじに全部注ぎ込んで2,3回でパーになったりしたところもあったようです。当時、良くも悪くも話題になりました。秋田県でも結果的に残念な使い方があったようで、出来ればこういうことにもっと力を入れて展示を多くの人に見てもらえる方法を充実したら良かったのにと思いますが、後の祭りってことでしょうか。雨、風、雪に耐えながらこれだけの建物施設を無料で維持していくには大変だと思います。


佐藤さんはせっかくの広い座敷があるのでお客さんが宿泊できるようにしたいとも考えたらしいですが、いろんな法律の問題で宿泊できないのだそうです。火災とか警報装置とか建物を守る意味も、人の安全を確保する意味もあるのかもしれません。








佐藤さんは囲炉裏に火を熾しています。







おっと最初に入れた新聞紙が元気良く燃えました。

自在鍵に吊るした鉄瓶もびっくりですが、しばらく時間が経つと茅葺屋根の建物がほわっとぬくまってきました。いい感じです。庄内経由で自宅に帰る日にちなど気にしなくて良いならここで「いぶりがっこ」をつまみながら秋田の冷酒でも飲み、語り明かしたい気分です。

一人旅の男性がふらりと曲り屋に入ってきて佐藤さんが説明をしています。


我々も長居しました。庄内に移動することにしておいとまします。




向こうの蔵が民具を展示している建物。 芝桜が綺麗です。

佐藤さんは移植べらを持ってきて分けてくださいました。



大曲の花火の時には身動き取れないほど混雑するんでしょうね。


良いものを見せていただき楽しいお話をありがとうございました。

  

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2014年05月04日

大仙市仙北民具資料館 餅の館 その2

大仙市仙北民具資料館の民具に続きまして「餅の館」のご紹介








季節ごとに行事や祝い事にかかさず使われる各種「餅」



















1歳になる前の子供に餅を背負わせるのは「足腰が丈夫に育って欲しい」という思いと、さらにうらはらに「早く歩かれては困るから重いものを背負わせて歩きにくくする」意味もあるようで。

「えんちこ」に入れるのも同じ。親が忙しく仕事しているときに歩かれてうろうろされると危ない。 見失ったり、囲炉裏に落ちたり・・・











展示は本物の餅です。かびも生えずに良く「もちます」。

前の館長さんが工夫し、餅にいろいろ配合して編み出した保存のわざ。








餅の文化はすごい

保存食になったり

スイーツになったり



さて、餅を見た後は佐藤さんの案内でさらに茅葺屋根の「曲り屋」へ




ここも桜がきれい




  

Posted by とーしろ at 08:00Comments(0)

2014年05月03日

大仙市仙北民具資料館 餅の館 その1

タイトルが長く申し訳ありませんがお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

角館の桜が目当てで出発前の日になんとか見つけた宿が大曲から程近い大仙市板見内一ツ森の「棚の湯」でした。そこは庄内で言えば「でんでん」や「ゆーたうん」あるいは「ゆぽか」のような温泉を楽しむ館に宿泊部屋が付属してある施設で、桜の季節に、遅くなった検索にも係わらず一部屋見つかったのはラッキーでした。

この宿の隣にやはり桜が綺麗に咲いていて茅葺屋根の建物があり「餅つき道場」なる看板が見えました。さらに蔵のような建物もなんとなく目に入りましたが、特に気にするでもなく風呂に浸かって疲れをとり次の日はまっすぐ庄内に向かう予定でした。

ゆっくり一泊し、朝風呂にも入り美味しい朝食を食べて、帰り支度を済ませ車のエンジンをかけたときに隣の建物で人の声がしました。

「鍵を開けて中を見せていただいてよろしいですか」
「はい、今開けます」

中年夫婦の申し出に地元の方らしき女性が返事をする。

なんだろう・・古い蔵のような建物に入ってゆきます。
興味が沸いて我々もついていきました。



そこはかつて使われていた農作業用の民具とそれを使っていた時代の写真の納められた展示館でした。稲の成長、季節に対応して整然と展示されています。



大仙市仙北民具資料館 餅の館 という市が管理する資料館です。

先に声をかけた夫婦は短時間で興味を失ったか、いなくなりました。

他にお客さんはおらず案内の女性はちょっとした質問を機に我々が独り占め状態です



田植えの位置決めテンプレート 「型(かた)」

稲の品種などで碁盤の目の粗さ間隔がいろいろあるようです






「私たちも庄内の鶴岡の生まれなので同じような光景を目にしてきました」
「鶴岡致道博物館」にも同じような展示がありますがここは季節ごと、種類ごとの整理展示が素晴らしいですね」

以下、季節に合わせて進みます



こんな広い幅の除草器、見たことない。力がいるだろうと思う。



除草マシン、勢ぞろい



女装はしません



庄内地方では農作業する女性は下の写真のような「はんこたんな」を身につけ目以外を隠します。日焼け防止その他いろいろ理由はあろうかと。  (わたしは「はんなこった」と間違えて覚えていました。それじゃ別のなにかです)



(山形新聞より引用)

案内の女性は佐藤さんといいます。秋田の方言が柔らかく響くかわいらしい人です。秋田では農作業する女性は顔を覆ったりすることはあまり無いとおっしゃってました。秋田も庄内も美人で有名ですが秋田美人は紫外線に強いのかもしれません。 角館=藤あや子・・・・



話が逸れました。展示品に戻ります。



脱穀機、今のコンバインの心臓部も同じような構造
稲から籾をとる



「とみ」
脱穀した籾と軽い籾やわらごみを風で選り分ける
風が強すぎても良くない、良い籾まで飛ばしてしまう
何事も「加減」というものがあるようです



全自動「籾摺り機」 
籾から殻を剝き、玄米にする



イセキ農機の発明品 誇らしげに大臣賞受賞まで刻印されている
籾は摺りますがゴマはすりません

白い米にするにはさらに精米機を使います。稲が米になるまでたくさんの機械を使います。





昔は俵に米を入れていました。固く丸く整えるのにとても労力を必要とします。
(入れ物も冬仕事で農家が作っていましたが今は化学製品の袋なので購入品です。昭和35年~37年頃を境に米生産に関連する米以外のあらゆるものが生産者から消費者に代わったわけです。縄、肥料、副資材の全てが。)



収穫した米を高く積み上げています。






昭和33年くらいまでは低い飯台とか一人用のお膳で食事していました。



「おひつ」を「おはち」というのは庄内と共通しています。



藁打ち機
黒川で「縄綯い」するときにも藁を柔らかくするために使っている。縄綯いは柔らかい藁を使うところと固くてしゅっとした藁を使い分ける。



自動縄綯い機
右左の入り口に適量の藁を適度なタイミング加減で入れて一定の太さで作るのに熟練の技が必要。縄は2本の筋のそれぞれの捻り方向と2本がよじれる方向が逆なので手を離してもほどけてこない。



冬は大根の収穫と漬物の仕込みです。秋田は「いぶりがっこ」でしょう。

秋田の民具を見せていただきながら案内の佐藤さんと庄内との共通点や違いを語り合いました。そして、次の「餅の館」に移動します。

to be continued


  

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2014年05月01日

大沢温泉自炊部 再訪

「金勢まつり」の終了したばかりの大沢温泉自炊部に到着し大勢のお客さんが帰る流れに逆らって最初に案内された部屋は川と逆の方で景色が無い。

昨年に続き2度目。古く、ぎこぎこいう建物ですが風情あり、風呂が数種類入り放題。食事が美味い。

ものは相談で川側の部屋が空いてないか聞いてみると 「今の情報がないので少しお待ちください、帳場で調べてまいります」 

「お昼の休憩だけのお客さんが帰りましたのでひとつありました」 当たって砕けるものである。昨年と同じ部屋に当たった。


窓の外はこんな景色






昨年と同じメニューを頼んであるが今回は出来立てを部屋に持ってきて心置きなく南三陸で買ってきたビールと酒を飲みました。

オヤジのいびきをしり目に夜は更けゆくのでした。











今年は去年と違ってうるさいお客さんもおらず、ぎしぎしいう廊下をみなさん気をつけて歩く感じが伝わります。
  

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2014年04月30日

南三陸から花巻温泉へ

29日朝、南三陸のながしず荘から見る「朝日」





静かな太平洋からのぼる朝日です。こんな静かなままの海なら、、、





何もできない自分は、モアイミニ博覧会は昨日見せてもらったし、あとは「さんさん商店街」で買い物、乾物、海苔、お茶、酒、民宿で飲む酒。(あ、ここで買った酒を夕べ飲みましたがとても旨かった。「男山」南三陸復興)

お昼はヤマウチ魚屋さんの静江館で大いなる恵みの方をいただきます。



『きらきら春告げ丼』



おおきな焼き「牡蠣」が8個の下にご飯が隠れています。たこもほたても付いて1500円。



『海鮮丼一番』



かに、海老、まぐろほたて、いくら、今後しばらく「おしんこ定食」になりそうな豪華さで1550円。

どちらもカニ汁付。 いずれも地元ならではのお得感たっぷりの価格です。



かじオヤジさん、仏壇屋ねーさんから案内された山内社長さんが店におられたので話しかけてみたところ大層喜んでいただきまして、店の若いおねーさんに声かけながら「幸美さん、4月も来たし、6月も来ることになってる。5月は来れないか」などとおっしゃっていました。安倍総理が来たときは社長さんが一緒に写真に納まっています。

当時、避難所でできるだけ公平にできるだけ安全に衛生面にも気をつかい、皆のまとめ役をされた。被災当時の混乱の中、かじオヤジさん達が迅速に最優先の必要な物資を届ける情報の発信元でもあった。頼りがいのありそうな貫禄のお人柄がわかります。

すぐに家に帰るのであれば買っていきたい美味しそうな魚介類がたくさんありましたが、すぐには帰らないため生ものは断念。千葉では絶対買えない価格で家の近くでは売っていないものがたくさんありました。そんなことで乾物系しか買えないのが残念。次から東北の旅の最後にすればいいと。



南三陸で美味しい海の幸を腹いっぱい食べた我々は花巻温泉に向かいました。天気は予報に反して晴れ晴れ。


北上に沿って桜がまだ咲いている

大沢温泉に到着



今日は「金勢祭り」で大賑わいの日だった。

我々が到着した時刻はちょうど祭りが終わり、金勢様は見損ねた。
どんなお祭りかご興味がおありの方はご自分でグルグルされたし。


東北の旅は続く・・・  

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2014年04月29日

松島から南三陸

松島、瑞巌寺、円通院



小学6年のとき修学旅行で来て以来の松島です。瑞巌寺は修復工事中です。







たしか名物ガイドの「松島の校長先生」が昔、おられたような記憶あり。



切実な祈りがこけしに込められています。

円通院はおかあちゃんが見たいというので来てみました。



ふと、風が吹きわたり 桜吹雪の 円通院



東松島の名物 『のりうどん』 



のど越しなめらかで腰が強い、なかなかうまいです。
熱いつゆでも食してみたい。
商品としてまとまるまでに開発にとても苦労したそうです。









南三陸に行きました。 ダンプが行き交う道の両側はがれきの片付けが済んだ更地のように見えて実はコンクリートの基礎だけ残った生々しい傷跡が随所にあり。復興に向けた努力と、ややもすれば相反する人口流出、移転先の未定などまだまだ問題は山積のようです。

民宿、ながしず荘に泊まりおかみさんの話をうかがえば、民宿は高台にあるのに津波が階段の途中まで来たそうです。それからしばらく地元の人たちに建物を開放し畳の上でふとんで寝れるように協力されたとのこと。これから先のことがとても不安で胸を痛めておられる。

食材もだいぶ手に入るようになったと、とても豪華で美味しい晩御飯をいただきました。
お刺身に カニもアワビも あんこうも






今からもう一度「さんさん商店街」と仏壇屋ねーさんに教えていただいた「静江館」に回ってきます。



  

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